「…ということは、この村長屋敷が燃えたのはニウベルグという男のせいで、そのときバルは村長と娘さんを助けたと」
 出されたお茶を飲み、リキルが話をまとめた。メイゥギウでバルが具体的にどんなことをしていたのか、時間が無くて聞くことはなかったが、村長の口から全てを聞くことが出来た。
「ああ。そして、ライアとメミカがこの村を去ったのも、その男のせいだ」
 村長が、一人用ソファの上でとぐろを巻いている。話に出ているニウベルグというのは、悪魔人の召還士だ。白い肌、軽く筋肉のついた体、そして毛のない頭に角が生えている。このランドスケープ王国にて、裏で何かをしている、悪の性質の強い男だ。
「ニウベルグの話は聞いていましたが、そんな男であったとは。よく知りませんでした」
「会ってみればわかるよ。あの男は、自分の感情と利益しか考えていない男だ」
 村長はまだ少なからず怒りを抱えているようで、指が小刻みに震えていた。
「…まあ、今はその話は置いておこう。君はバルハルト君の友人か。彼には本当に世話になった。彼は、元気にしているのかね」
「え?」
 村長の言葉に、リキルが目を丸くする。どうやら村長は、ライアやメミカから、バルがひどい病気でうなされていることを聞いていない様子だ。
「彼は今、原因不明の重病です。ライアさんとメミカさんが、彼の病気を治す薬を探して、こちらへ来ているはずで…」
「なんだって?」
 村長の顔が、険しいものとなった。
「そうか、それで君はライアとメミカを探しに来たのか。なるほど、なるほど…」
 立ち上がった村長は、蛇の尾を引きずり、窓の外を見た。メインストリートには多くの人が行き交っている。洞窟は、天窓が多く作られているとは言え、やや薄暗い。
「2人は、ここへは来ていないんだ。彼女たちは、この土地の薬草に詳しいから、恐らく症状に合う薬草を探しに行ったんだろう。バルハルト君は、どんな状況なのかね」
「ええと、聞いたこともないような不快な音が何度も聞こえ、意識を保っていられないという状態です」
 村長に聞かれ、リキルがバルの症状を説明した。
「ふむ…それは、呪いの症状に近いな」
 顎に手を当て、少し考えた後、村長は結論を出した。
「呪い?」
「ああ。何者かに取り憑かれたり、呪いをかけられると、そうなる場合がある。といっても、呪いも種類が多く、確たる事は言えんのだがね」
 呪いの話ならば、リキルもよく聞く。遠く離れた相手に、自分の感情から成る邪悪な魔力を浴びせて、相手の体や魔力、魂などに障害を与える魔術体系だ。治癒や強化などと反対の効果を持つ。
「呪い…呪いを薬草で治せるんですか?」
「祓えるわけではないが、一時的に魔力を強くすることにより、耐えられる体にすることは可能だ。あくまで一時的ではあるがね」
 呪いは魔力によって起こるので、魔力を強化して呪いを一時的に無効にするというのは不可能ではない。確か、エミーはリキルに「症状を緩和する薬草」と言っていた気がする。
「そうですか…その薬草は、どこに?」
「トリャン鉱山を知っているかね。坑道の途中が、自然に出来た空洞に繋がっているんだが、そこに生えている特殊な草が強力な強壮効果を持っているんだ。それを材料に作る薬は、一時的に呪いを無効にする。2人は恐らく、そこに向かったのじゃないかな」
 トリャン鉱山は、山を登ってくる途中に、脇道に逸れれば行けたはずだ。坑夫が乗っているであろう馬車と、何回かすれ違った。坑夫はランドスケープ王国の帝都からの人間が多いようで、馬車は帝都へと向かっているものが多かった。
「そうですか…わかりました、ありがとうございます」
 腰の剣の固定具合を確かめた後、リキルが茶を飲み干し、立ち上がった。
「気を付けていきなさい。最近は、鉱山内で魔物を見たという話も聞く」
「旧世界の魔物、ですね。注意するとします」
 ノブに手をかけ、リキルがドアを開ける。
 がちゃ
「あ…」
 外にいたのは、キュリクだった。先ほどのウィスキーの瓶を、木で出来た小さな箱の中に入れている。箱の表面には、古代の文字が掘ってあり、何を書いてあるかを読むことは出来ない。
「さ、さっきはどうも…お酒を届けていただき、ありがとうございました…」
「いえ、こちらがぶつかったせいですから。気にしないでください」
 後ろ手にドアを閉めながら、リキルが会釈をする。
「あの…さっきちらりと聞こえたんですけど、バルハルトさんのお知り合いなんですよね?」
 箱に蓋をしながら、キュリクが聞く。
「ええ。そうです。彼に何か?」
「いえ、バルハルトさん本人に用があるわけではないんですけど…その…」
 こほん、と小さく咳をして、キュリクが俯いた。
「その、スウちゃんというヒューマンの女の子をご存じですか?あの、ご存じなければ、バルハルトさんに聞いていただければわかります。会ったら、また遊びに来て、と伝えてください」
「スウ…」
 その名を、リキルは知っている。褐色の肌をして、青い髪をした、幼い女の子だったはずだ。年は、キュリクと近いのではないかと思われる。イルコという占い師の老婆の孫だ。どういう経緯かはよくわからないが、キュリクはスウと知り合いらしい。
「ええ、わかりました。必ず伝えます」
 そう言って、リキルは微笑んだ。


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