「ふう…」
 地面に降り立ったリキルは、大きく伸びをした。ケンタウロスは別れの言葉を口にして、その場を去った。メイゥギウは、巨大な洞窟の中に形成されている村だ。天井には穴が空き、ガラスの分厚い板がはめ込まれている。そして、天井での作業が行えるように、天井付近には縦横に梁が巡らされている。洞窟の奥では、村を拡張するために穴を掘る坑夫の姿が見えた。
「ふむ…確かに、ラミアの村らしい」
 まず目に付いたのは、ラミアの女性だ。ラミアは女性の数の方が男性の数よりかなり多いので、女性が目に入るのは当然と言えるだろう。そして、次に目立つのは商人だ。このメイゥギウは山の頂上付近にある村だが、中腹には良質の銀や鉄を出すトリャン鉱山がある。メイゥギウには細工職人や金属加工の職人が多く、ここの金属製品を求めて各地から多くの商人が訪れるという話だ。
「ライアさんとメミカさん、2人と合流できると楽なんだが…」
 リキルが村の中に入る。ここに来て、彼ははたと困ってしまった。別に、ライアやメミカに会える宛があって来たわけでもないのだ。彼女たちの連絡先や宿泊先を知っているわけでもない。元々は、この村に住んでいたということは知っているが…。
『そうだ』
 村長に彼女たちのことを聞けば、もしかすると知っているのではないかと、リキルは考えた。村長は、村の全てを把握している人物だ。もしかすると、入村した人物のことも把握しているかもしれない。まず村長へどうやって会えばいいのだろうか。
 考えながら、リキルは一軒の酒場に入った。昼食を食べながら考えることとしよう。長い間考えれば、何か良い案が浮かぶはずだ。と…。
 どんっ
「わっ」
「きゃ!」
 向かいから来た誰かと、リキルがぶつかった。ドアを開けるとき、開けてからすぐに入ったので、出ようとした誰かとぶつかったらしい。
「大丈夫か?」
 倒れてしまった相手の手を取り、リキルが聞いた。鮮やかな緑色の髪と尾を持つ、ラミアの少女だ。まだ幼く、肩まで伸びた髪をツインテールにしている。
「すみません…」
「こちらこそ。怪我はなかったか」
「だっ、大丈夫です、じゃあ…」
 そそくさと、ラミア少女が去っていく。その様は、逃げているようにも見える。もしかして怖がらせてしまったかと、リキルは自分の身なりを見直した。剣、盾、そして鎧。人によっては、戦士や剣士を怖がる場合がある。致し方ない。
「おや」
 足下に瓶がぶつかった。中には琥珀色の酒が入っている。瓶には白い布が巻かれており、これのおかげで割れずに済んだようだ。
「主人。これはこの店のものかな」
 瓶を持ち上げ、バルがラミア男性のマスターに聞く。
「そいつぁ、今出ていったキュリクさんの買っていった、儀礼用のウィスキーだな。兄さんとぶつかったとき、落としたんだろう」
「大変だ、届けないと。そのキュリクさんは、どこに行けば会える?」
「村長の屋敷だ」
 村長の屋敷、と聞いてリキルが目を丸くした。村長に会う算段を立てていたが、大義名分が出来た。酒場に儀礼用の酒を買いに来たと言うことは、キュリクというのは使用人か何かだろうか。
「店を出て、右方向だ。村の入り口と反対に行ってごらん。この大通りの端に村長の家があるよ。木造の建物だ」
 ラミア男性が、窓の外を指さした。そう遠くないところに、木造の小屋が見える。その建物に隣接するように、黒く焦げた建物の残骸が転がっている。隣の家か何かが火事で焼けたのだろう。
「あれが村長の?」
 窓から外を見て、リキルが言う。
「火事で焼けちまって、仮で小屋だけ建ててあるんだ。兄ちゃん、悪いがそいつを届けてくれんか。俺は店を離れられねえからな」
 店主の男が、何か野菜を刻みながら、リキルに頼んだ。なるほど、あの残骸は火事で焼けた村長の屋敷らしい。
「わかった。必ず届けよう」
 酒を手に持ち、酒場を出るリキル。手の中のウィスキーは、かなり高価な代物のようで、済んだその色からは気品すら感じられた。
『しかし…』
 これだけ大きなものを落として気付かないと言うのも、かなり珍しい話だ。よっぽど慌てていたのか、それとも普段からこうなのか。きっと今頃、彼女は困っているだろう。緑色の尻尾だけでも見つけられないかと、リキルは辺りを見回したが、既にキュリクはどこにもいなくなっていた。
「仕方ない」
 小屋の前まで行き、リキルはドアをノックした。程なくしてドアが開き、ラミアの中年男性が顔を見せた。こちらも緑の短い髪と尻尾をしている。
「王国兵ですか?何か、トラブルでもありましたかな?」
 男性がリキルのことを見て、顔をしかめる。リキルは胸に、兵士の証を付けていたことを思い出した。
「こちらは村長の家で間違いありませんか?」
「ええ。私がそうだが…」
「こちらのキュリクさんが、これを落として行ったのです」
 ウィスキーの瓶を差し出すリキル。途端に、村長の顔から緊張が抜けた。
「いやはや、どうもかたじけない。キュリクが、途中でどこかに置き忘れたかも知れないと言うので、探しに行こうかと思っていたところです」
 瓶を受け取り、村長が頭を下げる。
「あ、それと、もう1つありまして…」
 用事が済んだわけではない。ライアとメミカのことを聞かなければならない。
「こちらの村に、ライアさんとメミカさんという、ラミアの親子が来ていると思うのですが…」
 その一言は、どうやら村長にとっては、何か嫌な話であったらしい。途端に、村長にまた警戒の色が入る。
「…2人に何かご用かな?」
「はい。僕はリキル・K・シリウスと言い、彼女たちの知り合いです。知人が病気になりまして、彼女たちがこちらへ薬を取りに来ていると聞き、追いかけてきたのです」
 包み隠さず全てを言うリキル。ここで嘘をついても、特に意味はない。
「…知人の名は?」
 硬い表情を崩さないままに、村長が聞いた。
「バルハルト・スラックと言います。それが、何か?」
「そうか…」
 疑問符を浮かべているリキルに対して、村長が疲れたような声で返事をした。ずるり、と尻尾を引っ張り、奥へ入る。
「入ってくれたまえ。お茶を出そう」


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