黒い髪にからぴょこんと飛び出た猫の耳、華奢な体とそれに見合った軽装備…マントに鞣し皮の鎧、鋼のショートソードと、鉄で出来た小さなラウンドシールドを装備した剣士は、ケンタウロスの背中に乗って山道を進んでいた。彼の名はリキル・K・シリウス。ランドスケープという王国にて兵士をしている、半猫獣人の少年だ。
「もう少しでメイゥギウだ」
ケンタウロスが背中のリキルに声をかける。
「すまないね。こうして連れてきてもらうなんて」
「別にかまやしない。俺はその先に用事があるんでね。しっかり、駄賃ははずんでもらったし、文句を言う筋合いはねえぜ」
ちゃりっ
ケンタウロスの前腰にぶら下がっている皮の袋から、金属のぶつかり合うかすかな音が響く。中に入っているのが硬貨であることを、リキルは知っている。なぜなら、先ほど彼がケンタウロスに払ったものだからだ。
ケンタウロスは、上半身が人で、下半身が馬の体という形をしており、背中に物を多く乗せて行動出来る。体力もそれに見合うほどタフであり、リキルのような体格の人間ならば2、3人乗せてもたっぷり1時間は歩ける。
リキルが背中に乗せてもらっている彼は旅人であり、ランドスケープ王国の王都から、南の方面に用事があるという話だ。その途中の、メイゥギウというラミアの村に、リキルは用がある。同じ方向へ向かう彼に出会えたのは幸運だった、とリキルは考えた。
『旅人か…』
ランドスケープ王国、王都にいる「旅人」の友人。出会ってからまだ1月とちょっとしか経っていない彼のことを思いだし、リキルは思いに耽った。
「う、うう、あ…」
ベッドの上に横になっている、犬獣人の少年は、名をバルハルト・スラックと言う。人は彼のことをバルと呼ぶ。
ここはバルが借りている部屋で、月夜亭という宿の2階だ。小柄な彼は、16歳であるリキルより若く、14歳だという話だ。この年齢だが、もう2年も旅人をしているバルは、あちこちを見てまわってきたという。部屋の中には、バルとリキル以外に、黒い肩までの髪をパーマにしている悪魔人の女性が立っていた。
「ひどいうなされようね」
女性がバルの額に手を当て、困った顔をした。この女性は、この月夜亭のオーナーである2人の片割れ、エミーだ。もう1人、鳥のような大きな羽を背中に持つ鳥羽人の女性、ロザリアと共に宿の経営をしている。しかし、今はロザリアは出かけており、宿にはいない。
「一体、どうしたっていうんだ…ずっとこうだ」
ベッドの隣にあったイスに座り、リキルが呟く。バルのこんな姿を見るのは初めてだ。
「何があったかはわからないけど…鳥羽人の、スケリーネって人が、お兄さんを連れてきたのよ。彼は今、隣の部屋にいるわ」
ぱしゃ
バケツの水で濡らしたタオルで、バルの鼻面を拭くエミー。お兄さんというのは、バルのことだ。彼女はバルのことをお兄さんと呼ぶ。
「スケリーネ…どういう人物なんだ?」
「鳥羽人で、ソイクギンレっていう港町に住んでる、料理人だって言ってた。バスァレとかいう妖精と一緒に、王都に来たって」
「バスァレ、だって?」
意外な名を聞いて、リキルが目を丸くする。確か彼は、騎士の位にいる人物だったはずだ。以前、砂漠の廃墟ポイザンソの遺跡で、パーティを組んで一緒に戦ったことがある。彼はまた、バルと一緒に行動していたのだろうか。
「そのバスァレは?」
「途中で別れたって聞いたわ」
リキルの問いに、エミーが肩をすくめる。バスァレには聞きたいことがたくさんある。城に戻った後、リキルはバスァレを探そうと考えた。
「スケリーネさんは、お兄さんがこんな状態だから放っておけなくて、ここまで連れてきてくれたんだって。王都に来る用事もあったからちょうどいいとは言っていたけど。まあ、お兄さん、1人で帰ってこれる状態じゃなかったしねえ…」
バルがここに戻ってきたときは、本当に酷かった。意識は残っていたが、直立することすらままならず、ただの犬のように時折唸っていた。数分周期で耳と頭を押さえ、うずくまる。本人曰く、不快でどうしようもない音が脳に直に響くという話らしい。部屋へ戻ってから数十分後、とうとう倒れこみ、そこから丸1日になるがろくに意識が戻らない。食事すらとっておらず、時折体を痙攣させては、うなり声をあげている。
「どうにもならないんだろうか」
無力感に襲われ、リキルが小さな声で言った。なんとかして助けたいが、そうも行かない。彼には薬学の知識も無ければ、回復の魔法も使えないのだ。
「…そういえば、メミカさんが、お師匠さんと一緒にメイゥギウに向かったらしいわ。なんでも、お兄さんの症状を緩和する薬のあてがあるって」
「なんだって?」
メミカというのは、赤い髪をポニーテールにしているラミアの少女だ。リキルより2つ年上の18歳で、ライアというラミアの元で魔法使いとしての修行をしている。ライアは、目の回りにひどい火傷の跡があるラミアの女魔法使いだ。幼いメミカを引き取り、それからずっと育てている。メミカはライアのことを、母親として、師匠として慕っている。
確かに彼女たちならば、魔法や薬学の知識に秀でている。バルの症状を緩和する策を思いついているかも知れない。リキルは立ち上がり、ドアに向かった。
「行くの?」
眠たげな目をしたエミーが、リキルの方を振り返った。
「ああ。僕も、出来るならばバルの力になりたいんだ」
腰のショートソードを、リキルの手が撫でる。
「会ってから、まだ1月と半でしょ。だいぶ、仲良くなったのね」
「年月はあまり関係ないよ。なんというんだろうか。とても、気が合った」
「ふふ。男の子の友情ってやつ?私、そういうの好きだよ」
リキルの真面目くさった言葉を聞いたエミーが、くつくつと笑う。その様は、悪魔然としている。悪魔人は悪の性質を持った人間が多いと聞くが、エミーからはあまりその傾向は見られない。
「あんた、張りつめた弦楽器みたいね。良い音は出るけど、今にも切れそう。そんな感じがするよ。無理はしないでね」
そんなことを言われたのは初めてだ。どう返事をして良いのか、リキルはわからなかった。だから、一つだけ頷いて、部屋を出た。
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