遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…
アニマリック・シヴィライゼーション
12話「トリャン鉱山」
『憎いか?』
それは、脳の中に直に響いてくる声だった。
『憎いか?』
その声は、何度も私に問いかけた。男性のような、それでいて女性のような声だった。
『気高き狼の娘さんよ、憎いか?』
憎い、と私は答えた。一族の長であり、私より3倍は体が長い狼は、狼族と他人種が和解するべきだと言い始めたのだ。
今まで、私たち狼は「ヒト」に虐げられて生きてきた。奴らは元々私たちのいた土地に勝手に入り込み、私たちを勝手な理由で駆逐している悪だ。
私の両親はヒトに殺された。私はそのとき、まだ幼かった。でも、その光景も臭いも忘れない。私自身も、背中に大きな傷を負った。今でもその傷跡は残っている。
『憎いか?』
憎い、と私は叫んだ。狼の言葉で。私の牙や爪は鋭いが、鉄の刃に勝つことは出来ない。奴らは強い。憎い。悔しい。
『そうか、憎いか』
声が止んだ。そこで初めて私は、自分がどういう状況にあるのかを知った。暗い、狭い、かび臭い部屋の中に、1匹でうずくまっていたのだ。部屋の正面にはドアがあった。この体でドアを開けるのは難しいが、あそこから出るより他あるまい。
歩き出そうと、立ち上がった。そのとき、体中が軋む感覚が襲いかかった。痛みと苦しみ。体中に穴が空き、外の空気が中に無理矢理入ってくるかのような感覚。かと思えば、血と体液が吹き出すかのような感覚。
今まで、経験したことのない痛みに、私は、叫んだ。
…波が去った後、私は自分の体が変化していることを知った。
この姿は、気高き狼ではなかった。私が何より恐れ、毛嫌いしている「ヒト」のものだった。
立ち上がった。2本の足で。今までと違う感覚の大地。地面が遠く、天井が近い。
がちゃり
私は「手」を使い、扉を開けた。そこには、見知らぬ「ヒト」がいた。その「ヒト」は眠りこけていた。そして、壁には大きな刃がかけてあった。
そう、私は思いだした。私はこいつに捕まったのだ。我々を捕まえ、皮を剥ぎ、肉を喰らう人間に。
私も追い回され、罠にかけられ、ここに連れてこられたのだ。
こいつは、私に何をするつもりだったのか。きっと、私もそのうち、他の殺された狼と同じように、皮を剥がれたに違いない。
許せない、許せない、許せない…。
気がつくと、私は刃を手に取り、その「ヒト」を殺していた。その感覚が、両手にずっしりと残り、消えない。刃を握るこの手は、既に狼のものではない。
『来い。与えてやろう』
何を、との問いすら許されない、絶対的な命令。私は、声の呼ぶ方へ、刃を握ったまま歩き出した。
ヒトの姿じゃないと、出来ないことがあると、おぼろげながらに思った。
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