「これは…」
「不思議だろう?」
上に昇り、下の階と同じような広間に出てきたバルに、スケリーネが同意を求めた。壁と、真ん中の太い柱には、無数の四角いパネルが入っており、それぞれのパネルには絵が描かれていた。猫のような何か、丸と四角で作った幾何学模様、女性の横顔などだ。ざっと見ただけで、パネルは30枚はあるだろうか。正面には両開きの扉があり、右と左にそれぞれ6枚ずつ、パネルと同じ大きさの窪みがあった。
「これがな、外れるんだ」
ぱこっ
乾いた音を立てて、スケリーネが引っ張ったパネルが外れた。バルも試しに、1枚のパネルを外す。パネルは石で出来ているが、それほど重いものではない。
「パズルのようではあるのだがな、はめる場所とはめる順番などの法則がわからない。きっとあの扉は、魔法で何か封印がされているのだろう。先へ進むには、このパズルの謎を解かねばならぬのだ」
困り切った顔で、スケリーネがパネルを手の中でもてあそんだ。試しにバルは、扉に手をかけ、力一杯押してみた。が、扉は動かない。扉は固く閉ざされており、人間の力では、恐らく10人でも20人でも開けることは出来ないだろう。
「窓から外に出て、という事も考えたのだが、この塔の窓は狭くてな。片手を突っ込む程度がやっとだ。外から見ただろう?」
確かに、この塔の窓は細く、人が入るには無理があった。最上階の窓は広かったように見えるが、そこまで飛ぶのは難しい。鳥羽人は人と鳥の間にいるような種族ではあるが、鳥ほど上手く長時間飛ぶことは出来ない。
「あそこに、文字みたいなものがあるね」
扉の上には、石壁に彫り込まれた、文様がある。バルが見たことのある、どんな文字とも一致しない、不思議な形をした文様だ。
「うむ。見たことがない文字だ。どこの国で、何時使われていた文字なのかすらわからぬ」
「鳥羽人って博識なイメージがあるけど、見たことないのか」
「料理に関係のないことは興味がないのだよ。無駄な知識を頭に詰めるより、香草の種類でも覚えている方が有効活用出来る」
からかうような口調のバルに、スケリーネがつんとして答えた。と、バスァレが扉に近づき、文様を見つめる。
「彼女と、その仲間の物語を、順番通りに並べなさい」
さらりと読むバスァレに、バルとスケリーネが目を丸くした。
「バスァレ…読めるの?」
「少しだけね」
驚いて聞くバルに、バスァレが返事をした。彼は、壁のパネルを1枚1枚見て、その中から1枚を外した。
「まずは、これかねえ」
ぱこっ
それを前の扉に持っていき、はめる。パネルは、すんなりと扉にはまった。
「次は…これだ」
ぱこっ
また1枚を取るバスァレ。彼は、迷うことなくパネルを外し、扉の穴にはめていく。
「どういうことなんだ?」
頭の上に疑問符を浮かべながら、スケリーネがバルに聞く。
「物語を、知ってるんだと思う」
「物語だ?」
「うん。彼女と、仲間達の、物語を」
バルは答えながら、目の前に来たバスァレに、自分の持っていたパネルを渡した。バスァレはそれを受け取り、扉の穴にはめた。
作業は5分程度で終了した。壁のパネルを外し、扉の穴にはめる。扉の、12の穴は全てパネルで埋まりきった。バスァレは後ろに数歩下がり、その扉のことをじっと見つめていた。
ゴゴゴ…
「お…」
足下に振動を感じたバルは、バスァレの肩越しに扉を見た。扉が、ゆっくりゆっくりと開いていく。誰かに押されているわけでもなく、引っ張られているわけでもない。
がたん!
最後に、大きな音を立て、扉が開ききった。その先は、短い廊下になっていて、左右には岩で出来た人形が、イスに座った姿勢で、左右で合計6体飾られている。奥には階段があり、上へと行けるようになっていた。
「先へと進もうか」
バスァレが扉をくぐり、通路へと入った。
「ちょっと待ってくれ。せめて、何がどうなったのかだけ、説明してくれないか」
その背中に向かって、スケリーネが制止の言葉をかけた。
「道理通りに仕掛けを作動しただけさ」
「むう、そういう意味ではない。この仕掛けの内容を教えてほしいのだよ。私には、何がなにやらさっぱりわからないものでな」
相も変わらず冷静なバスァレに、こんこんと扉を叩きながら、スケリーネは問う。
「彼女というのは、悪名高いベルガホルカのことかね。この神殿はベルガホルカを祭るために造られた神殿だからな、そこまでは簡単に予想が付く。しかし、だ。このプレートに描かれている絵は、慈愛に満ちた女神ではないか。美しいっ、そう、美しすぎるのだ」
プレートの1枚に、スケリーネは指を乗せた。両腕を広げ、人々に慈愛の視線を向ける女神の姿が描かれている。その長い髪はふわりと広がり、後ろを風が駆け抜けている。
「主神に不満を持ち、戦いを挑んだというイメージとは、少々かけ離れている気がするがね。これは一体、誰なのか。そして、物語とは何なのか、教えてほしいのだよ」
バルは、一般に知られている物語が嘘偽りであることを知っている。だから、バスァレがはめたこのパネルも、真実に基づくものだということが想像はつく。だが、スケリーネはそれを知らない側の人間だ、不思議に思うのも無理はない。
「話すと長くなるよ」
ぽん、とバスァレがパネルに手を置いた。
「もしかすると、迎えが来るまでに用事を済ませることが出来なくなるかも知れない。だから、終わってからゆっくり話すとしようよ。いいかな?」
「それでもかまわんが…そうか、迎えが来るのか。いつだ?」
「明日の朝さ。明け方に潮が止まるらしい」
「明け方?まだ時間があるじゃあないか」
ふふんと、スケリーネが笑う。
「時間があるようには見えるが、実はそれほどないんだよ。なんせまだ2階だし…」
とことこと、廊下の中程までバスァレが進むと、足下が突然、軽い振動を始めた。
ゴゴゴゴゴ…
左右に並べてあった、岩の人形が動き出し、直立した。
「こんな連中もいるんだ。早めに行動したいんだよ」
とっさに、バルは剣を抜きはなった。
「予想はついてたよ。下にも似たようなのがいたよな」
バルは剣を抜きはなった。そして、岩人形の群に、その先を向ける。
「なるほど。やはり、一筋縄ではいかない遺跡か。ふふん、任せろ!」
スケリーネがメイスを振りかぶり、岩人形に突進する。バスァレは魔法を打つべく、手をかざしている。バルもその攻撃の波に乗り、剣を構えて走った。
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