その後、夕方に目を覚ましたバルは、メグオイ、バスァレと共に波止場まで行った。メグオイの船は、5人乗り程度の小さな船で、1人で操舵出来るようにしてあった。船で揺られること30分、沖合まで出た3人は、とうとうベルガホルカの神殿がある島までやってきた。
「ここが、その島か」
 砂地を踏み、バルがつぶやいた。小さいと言っても、島はそれなりに大きく、神殿もまた存在感があった。周りはほぼがけだが、一部だけ砂浜が残っており、そこから神殿の方へ行ける小さな坂があった。
「じゃあ、明日の朝、迎えに来る。それまで、無事でいてくれよ」
「わかったよ」
 メグオイが船を遠ざからせ、バスァレが返事をした。島には背の高い木は無く、ほぼ全てが草地だ。生き物もあまりいないようだが、海鳥だけはいる。
「よし、早速行こう」
 坂を上り始めるバル。しかし、バスァレは坂を上らず、砂浜にしゃがみ込み、砂をじっと見ている。
「どうかした?」
「何でもないよ。行こうか」
 バルが声をかけると、バスァレは立ち上がり、バルと一緒に坂を上り始めた。
「ふわぁ…」
 門の前に立ち、バルは感嘆の声をあげた。今まで、カルバの遺跡、メースニャカの地下神殿と見てきたが、ここはそれにもまして大きい。大きな塀に、大きな建物。窓の数から見て、10階建てぐらいだろうか、もう塔と言っていいかも知れない。門の上には、トカゲのような悪魔のような石像があり、バルとバスァレのことを見下ろしている。
『やっぱりあの石像はあるのか』
 他の遺跡にも、この石像はあった。最初、カルバの遺跡でこの石像を見たとき、バルはこれがカルバなのかと勘違いした。だが、昔話を読む限りではカルバはヒューマンの形をしていたという話だ。結局、何者なのかはわからない。
「ここを開けないとね」
 バルは、シンデレラから受け取ったカードを、門の横にある小さなスリットに差し込んだ。予想が正しければ、これで開くはずだ。
 1秒、2秒、5秒…。何も起こらない。
「あれ…」
 どうやら、このカードは使えないようだ。バルがカードを抜き出し、じっと見る。
「旅人君、何もそんなことしなくてもいいんだ。こっちへおいで」
 門の右側に回り込むバスァレ。バルがついていくと、曲がった先で塀が一部欠けているところがあった。
「門の中までは、実は入れちゃうんだよね」
 塀の中へと入っていくバスァレ。少し気抜けしながらも、バルも門の中に入った。1階部の一番下には、入り口らしき扉があった。
「この扉にも鍵がかかってるはずだ。今、開いて…」
 針金を取りだし、鍵穴に入れるバスァレ。何の気なしに、バルは扉に手をかけ、引っ張った。
 がちゃ…。
「あれ」
 鍵などかかっていない。扉はいとも簡単に開いてしまった。埃の臭いが中からふわっと吹き出した。
「おかしいね。僕の調査では、ここは鍵がかかっていたはずなんだけど…」
 針金をポケットに入れ、バスァレが首を捻る。中に入ろうとしたバルは、背中に気配を感じた。ごり、ごりという、固い物が擦れる音が聞こえる。
「!」
 そこにいたのは、岩で出来た巨人だった。がっしりした体に、高い背丈、バル2人分はある。歩くたび、地面がずしっずしっと音を立てた。
「早速お出ましか!」
 ナイフを抜き、バルが身構えた。あの巨大な敵相手に、ナイフでは少々戦いづらい。上手く、隙を突いて戦わねばなるまい。
「そいつじゃちょっと、役者不足と言うものだよ。旅人君」
 バスァレが、右手で自身の背中をぽんぽんと叩いた。そして、服の背中に手を突っ込むと、細長い棒をにゅうっと取り出した。いや、それは棒ではない。
「剣?」
 バスァレが出したのは、細身長身の剣だった。バルの足から胸ぐらいまである、歩兵用剣だ。
「ちょっとね、心当たりがあったもので、用意しておいたんだよ。使ってくれるね?」
 剣を差しだし、バスァレがにやにや笑いをした。
「でも俺、剣なんか…」
「ほら、そんなこと言ってると」
 どすぅん!
「うわあ!」
 バルの目の前を岩巨人の拳が飛び、扉を殴りつけた。
「ほら、投げるよ!」
 剣を投げるバスァレ。バルはそれを受け取り、鞘から抜きはなった。バルには長い剣ではあるが、前に使っていたバトルソードに比べて軽く、取り回しも楽だ。
「これは…」
 剣は、美しい光沢を見せている。剣の放つオーラが、まるで煙か霧かになって漂っているかのような錯覚を受ける。
「旅人君!」
 バスァレの呼び声で、バルは顔を上げた。岩巨人がバルの前に立つ。そして腕を振り上げ、真っ直ぐに下ろした。
「うお!」
 バックステップで拳を避けるバル。拳が地面にめり込む。岩巨人は、拳を抜こうと試みるが、地面に深々と食い込んでいるせいで、なかなか抜けない。地面にめり込んだ腕めがけて、バルは剣を振り下ろした。
 がきぃん!
「え?」
 剣は、拳に深々と食い込んだ。さすがに岩を最後まで切り裂くことは出来なかったが、まるでつるはしが食い込むかのように、簡単に岩に刺さったのだ。
「うおおお!」
 剣を抜き、今度はボディを横から切るバル。
 ぎぃん!
 やっぱりだ。樽ほどもあるボディの、3分の1程度まで剣が食い込む。相手が柔らかいわけではない、剣が鋭いのだ。
「ふっ!」
 どっ!どっ!どすっ!
 岩巨人の背中から、バスァレが短剣と蹴りで攻撃を加える。巨人の注意が、バスァレに向いた。
「うおおお!」
 残りの胴体を、バルは剣を使い、強く切り裂いた。2度、3度と斬るたびに、斧で木でも斬っているかのように、岩が削れていく。
 ずがぁっ!
 とうとう、岩巨人は真っ二つになった。上半身と下半身が、地面にずしんと音を立てて倒れる。そして、動かなくなった。
「物騒だなあ。今までの魔物と、レベルが違う。かなり強いよ」
 バルが、剣の先で岩巨人の上半身をつつく。
「それにしては、あっけなく倒すじゃないか」
「この剣のおかげだよ。鋭いな、これ。岩を斬るなんて」
 鞘に剣を収め、バルが感嘆のため息をついた。
「近衛兵が使っているフランベルクさ。ちょいと、拝借してきた」
 ふふっとバスァレが笑う。
「近衛兵用って…まさかこれ、特別な剣だったりする?」
「普通のショートソードよりは質がいいとは思うよ。でも、岩を切り裂くほどの力はない。君の、剣士としてのレベルが上がってるからじゃないかねえ」
 バルの問いに、バスァレが答えた。剣士としてのレベルが上がってるとは。いや、バスァレの言うことも間違ってはいないかも知れない。この国に来てから、自分のレベルが上がりはじめたことを、自覚はしている。それにしたって岩を切り裂けるほどにはなっていないはずだ。剣の性能が良いからだ。
「その剣はどうぞ使っておくれ。そうじゃないと、苦労してくすねてきた甲斐がない」
 そう言って、短剣を腰に差したバスァレは、建物の中に入っていった。バルはもう一度、剣を抜いて、その刃をまじまじと眺めた。美しい金属光沢、まるで吸い込まれるかのようだとは、このような場合に使う言葉なのだろう。前に使っていたバトルソードより、こちらの方が武器としての格は上のように感じられる。
「…あ、待ってくれよ」
 剣を背負いなおし、バルもバスァレの後を追った。


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