そうして手に入れたのが、この金属で出来たカードだった。バルが持っているカードとは、表面に書いてある文字が違う。このカードのどこに、あの門を開ける力があるのだろうと思うと、不思議になる。
「さて、と」
 まずは情報収集だ。あの神殿に何があるのか、知っている人間は恐らくいない。だが、神殿の近くに行くことが出来る連中ならば、何か知っているかも知れない。例えば、漁師だ。
「やあ」
 街の中に入り、魚屋の店主の男に話しかける。
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
「うん、まあ。俺が探してるのは魚じゃなくて、人なんだ」
 愛想良く返事をしてきた店主を見ながら、バルが店の中に入る。肉屋とも違う匂いが、バルのことを迎え入れた。
「人、かい。衛兵さんに聞くんじゃ、だめなのか?」
「個人というわけでもないんだ。この辺りで魚を捕ってる漁師を、紹介して欲しいんだよ」
「漁師をかい?」
 こんな質問をされるのは意外だったようで、店主が驚いた表情をする。
「船を持っていて、なおかつこの辺りの海に詳しい人物を。心当たり、ないかい?」
「うーん、そうだなあ…」
 魚屋は少し悩む。
「どの漁師も、海には詳しいだろう。ただ、南方の海に行く漁師もいれば、北方の海に行く漁師もいる。どの辺りのことを知りたいかにもよるな」
 確かにその通りだ。漁師によって、テリトリーも違うだろうし、詳しいことはわからない場合がある。
「うーん、そうだな。あの沖にある、神殿のことについて知りたいんだ」
 バルが沖の方を指さすと魚屋が顔をしかめた。
「あの辺りは、潮の流れの関係で、漁師も船乗りも迂回するんだ。あんまり詳しいやつはいないんじゃないか。探せばいるかも知れんが…」 
「そうか…ありがとう」
 悩みこんだ魚屋に礼を言ったバルは、店から外に出た。総当たりで漁師に聞くのも手間だし、やはりここは、当たりを付けるしかない。ここに来る前、爬虫人の男性で商人であるギカームに、漁師を1人、教えてもらった。その人物の元へと行けば、情報が手に入ることだろう。また、言えば船も貸してくれるそうだ。
『最初から、あそこに行くという前提で話をした方がいいな…』
 地図を広げ、ぼんやりと考えるバル。目印のある方向へ、バルは歩きはじめた。
 街に入り、路地を入り、狭い道を行く。途中、何度か曲がり、更に狭い道を行く。かなり進んだところで、やっとバルは目的の建物を発見した。石造りの、白い建物で、2階建てになっている。木で出来たドアには、少し錆びたノッカーがぶらさがっていた。
 こんこんこん
 ノッカーを握り、ノックするバル。程なくして、中で足音が聞こえる。
 がちゃ
「誰だね」
 出てきたのは、白い髪をした中年の獣人男性だった。ぼってりと太り、全体的に丸いフォルムをしている彼は、羊系の獣人だろうと予想できる。
「ギカームさんの紹介で来ました、バルハルト・スラックと言います。メグオイさんという方がここにいるはずなのですが」
 羊獣人の男に、バルが言った。
「メグオイなら私だ。ギカームの名を出していたが、干し魚でも買いに来たのかね?」
「いいえ。船を出してもらえないかと。沖の、ベルガホルカの神殿まで」
 ベルガホルカの神殿、と聞き、メグオイが顔をしかめた。
「あんたもかね。何かね、ベルガホルカの神殿に行くのが、流行っているのかね?」
 入りたまえ、と言い、メグオイがバルを中に招き入れる。玄関を通り、廊下を進む。家の中には、釣り具やロープ、その他の漁に使うであろう 細々した道具が、所狭しと置いてある。少し行ったところで、バルは右側にある部屋に招かれた。
「ここ数日で3人目だ、そんなことを言われたのは」
 通されたのは、小さな応接室だった。そこには、ソファとテーブルが置いてあり、テーブルの上には紅茶の入っているカップが置いてある。そしてその前に、誰かが座っていた。
「やあ、また会ったね、旅人君」
 くすくす笑いのその人影。バスァレだ。妖精の少年で、バルと同じく、指輪を集めようとしている少年である。緑色の髪は炎のように立ち、肌は白い。
「なんだね、知り合いか」
 メグオイが、バルとバスァレの顔を見る。
「ええ、まあ」
 曖昧に頷き、バルが部屋の中に入る。なるほど、さっき波止場で老人が言っていた、バル以外に神殿に行きたがっていた奴というのは、バスァレのことだったのだろう。バスァレの隣に座ると、メグオイがカップを取り、ティーポットからお茶を注いだ。
「あんたら2人は、ベルガホルカの神殿に行きたいと言う話だが、あそこは気軽にひょいと行けるような場所じゃあない。少し待っていろ、地図を持ってくる」
 ティーポットをテーブルに置き、メグオイが部屋を出ていく。残されたバルは、紅茶を一口飲んで、ふうと息をついた。
「漁師は他にも多いし、船を扱う職業も多いはずだけど、旅人君はなぜ彼を?」
 バスァレが、バルの方を見ることなく聞いた。
「俺は船を出してもらえそうな人を知人に聞いたら、メグオイさんのことを紹介されたんだ。君こそ、なんで?」
「昔、任務でこの近海を探索したとき、彼の船に世話になってねえ。それ以来、彼のことを信用しているんだよ」
「国の任務…」
 どんな内容なのかはわからないが、隠密であるバスァレが任されたというのは、かなり大変な任務に違いはない。そのとき、並み居る漁師や船乗りを差し置いて選ばれるほど、メグオイはレベルの高い船乗りなのだろう。ギカームも、そんな人物と知り合いとは、なかなかにレベルの高い商人なようだ。認識を改めねばなるまい。
「持ってきたぞ」
 メグオイが、巻かれた紙を持ち、部屋に入ってきた。テーブルの上に紙を広げるメグオイ。紙は、この辺りの沿岸部から、沖の方の島と海流を詳細に記した、海図だった。
「ベルガホルカの神殿は、沖に浮かぶ小さな島にある。この島には、なかなか入り込めない。ここから、こう海流が来ていて、どの角度から行っても船が押し戻されてしまう。1日に何度か流れが止まる時間帯はあるが、時間はとても短い」
 地図の、島周辺を指さし、メグオイが言う。書いてある海流の矢印は、確かに島のぐるりを覆っていて、隙がない。
「もし島に入ったとしても、出るころには船が流されてなくなってるか、なくなっていなくても出られなくなっていることだろうな。現実的な案だと、入って探索をしている間、船を引っ込めておいて、次の海流停止の時間帯に迎えに行く、なんてのがある」
 指を船に見立てたメグオイが、一旦島に指を載せ、港町へ戻ってみせた。
「今日の夕方、日が沈む前ほどに、1度海流が止まる。その後は、翌日の明け方にまた止まる。もし今から行くとするなら、夕方到着の、明け方回収になるぞ。どうする?」
 メグオイの目が、バルとバスァレを順番に見た。
「どうする?旅人君」
 バスァレがバルの方を向いた。
「その時間で良い。俺は問題なく行けるよ」
 バルは荷物こそ少なくまとめてあるが、1日や2日、野宿出来るほどの装備は調えてある。問題はない。
「それじゃあ、夕方出発と言うことで、お願い出来るかい?」
 バスァレも問題ないようで、メグオイに聞いた。
「ああ、わかった…ところで、あんた達はなんで神殿に行きたいんだ?」
 イスに座り直し、メグオイが聞いた。
「海流が止まる時間を間違えれば、船が飲まれておだぶつだ。私はまず、あんた達の目的が、仕事をするに値するかを知りたい。言えんようならば、悪いが船を出すことは出来ん」
 きっぱりと言い切るメグオイ。彼の言うことももっともだ、とバルは思った。だが同時に、本当のことを言ってしまっていいのか、という躊躇も生じた。彼は無関係な人間なのだから、話をしない方がいいのだろうかなどと、考えてしまう。が、しかし。
「なぁに、心配しないでおくれ。ちょっとベルガホルカの神殿に入って、国を救ってくるだけさ」
 さらっと、バスァレは無茶苦茶なことを言ってのけた。バルが、呆気にとられて言葉を失う。
「…ふっ」
 メグオイの顔がゆるみ…。
「はっはっはっは!」
 とうとう笑い始めた。だいぶ面白かったのか、長い間笑い続けている。
「そりゃ面白そうだ。俺にも、1枚噛ませてくれよ」
 なんだか愉快な気持ちになり、バルも軽口を叩いた。
「もちろん。僕は1人じゃ、何もできない従者だからねえ。勇者様が必要さ」
 戯曲か何かのような言葉を、バスァレも返す。
「謙遜しないでくれよ。それに、俺を勇者だなんて」
「あながち、冗談でもないんだけどねえ。君は十分、勇者様をしてると思うよ。ほれぼれするくらいさ」
 最後の言葉は、真面目にそう思っていたのだろう。バスァレのにやにや笑いの目に、光が宿った。最初会ったとき、バルは彼のことを、どことなく気に入らないやつだと思っていた。しかし、今はもうそんなことも思わない。彼の本音はまだ聞けていないが、悪い人間ではないと言うのがよくわかったからだ。
 国のため、そして人のために行動するバスァレ。確かにちょっと嫌みな笑い方はするが、それもただの個性だ。そんな彼に勇者と言われ、バルは少しこそばゆい気がした。 
「前もそうだった。私の船を借りたいというあんたは、ちょっと国を救うだけだと言った。つまりは、そういうことなんだろう」
 ようやく笑いから復帰したメグオイに、バスァレが1つ頷く。何があったのかわからないが、きっと前もこんな感じだったのだろう。
「そういえば、3人目と言ったけれど、もう1人は?」
 バルは部屋の中を見回したが、バスァレとメグオイ、そしてバル以外に人影はいない。
「ああ、その、なんだ」
 メグオイが顔をしかめる。
「つい一昨日、そいつが来たんだが、危険だからと追い返したんだ。だから、同行するパーティにはいない。この街に住む、料理人の男なんだが…思いこんだら突っ走る男でな」
 ふうとため息をつくメグオイ。そういえば、馬車に乗せてもらった老人も、似たような話をしていた。
「まあ、いい。私は今から、用意などをする。君たちは夕方まで、ゆっくりしていなさい。2階にある寝室を使ってもいい」
 それだけ言うと、メグオイは部屋から出ていった。バルとバスァレは紅茶を飲み干し、廊下へ出る。
「さて、どうする?僕は夕方まで、寝させてもらおうかなと思ってるよ。徹夜にはならなくても、相当長引くだろうからねえ」
 腰元の革袋と短剣を撫で、バスァレが聞いた。
「俺は、この街の武器屋を見てこようと思う」
「武器屋、かい?どうしてまた?」
 バルの言葉に、バスァレが不思議そうに返事をした。バルは、数日前にギレナカ医院という病院の関係で遺跡に潜り、剣が折れてしまったことを話した。ここから先、どんな危険が訪れるかわからない。この国に来るまでは、大刃のナイフ1本でなんとか凌いできたが、これ以上に遺跡に潜るならば、戦うための武器が必要だろうと考えていた。
「なるほどねえ…あの剣、折れちゃったのか。良い品に見えたのだけど」
 バスァレは顎に手を当て、俯き気味にしばし考えていたが、顔をあげて外へのドアに手をかけた。
「考えがある。武器屋に行くのは、待っておくれ。また後で会おう」
 それだけ言い残し、外へ出ていくバスァレ。後に1人残されたバルは、しょうがないので仮眠でも取ろうと、階段へ足をかけた。


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