「姫であるワタクシを直々に呼び出すとは、よほどのことなのでしょうね」
下手な広間より広い応接室に、バルハルトともう1人、犬種で言うならコリー犬の毛色をした犬獣人の少女が、白いプリンセスドレスを纏って座っていた。バルが革張りのソファーに座っていても様にはならないが、彼女が座っているとそれだけで格好が付く。この少女の名前は、シンデレラ・ランドスケープ。このランドスケープ王国の王女にして、バルがこの国で知り合った友人の一人だった。
「実は、その…大したことではないのですが、お願いがありまして…本当なら、リキルと話して、彼から言っていただければ済んでしまう話だったんです」
恐縮しきったバルが、申し訳なさそうに俯いた。バルは元々、傭兵として働いている半猫獣人の少年、リキルを頼ってお城にやってきたのだ。シンデレラに関係する話ではあったが、まさか本当にシンデレラを呼ばれるとは、露ほども思っていなかった。
「なので、姫様自らお出でにならなくても、実はよかったんです。その、返事だってまた聞きに来ることは出来ましたし…申し訳ありません」
ぺこり、とバルが頭を下げた。
「そういうことでしたのね…でも、いいのです。ちょうど、お勉強の時間で、逃げ出したいと思っていたところ。バルハルトが来てくれて本当に助かりましたわ」
にこっと笑うシンデレラ。どうやら、お姫様というのは大変なようだ。
「それで、ご用件は?ワタクシに出来ることならば、何でも」
少し身を乗り出し、シンデレラがバルの顔をじっと見つめる。
「…前に姫様は確か、金属製のカードが、代々受け継いできた宝箱の中に入っている、というお話をなさいましたね?」
テーブルの上に置かれたカップを手に取り、紅茶を一口飲むバル。とても上質な、美味い紅茶だ。こんなものばかり毎日飲んでいたら、贅沢虫が腹の中に棲み着いてしまうのではないかと言うほどのものである。
「ええ。確かにしましたわ。それがどうかなさって?」
「姫様もご覧になった通り、あのカードは神殿の扉を開くために必要なカードなのです。俺の拾ったカードは、カルバの神殿の門を開くためのものでした」
バルはポケットに手を入れ、カードを取り出した。金属で出来た、四角いカード。表面には、古代語で文字が書かれており、一部消えかかっている。
「王家に伝わるカードも、どこかの門を開くためのカードに違いありません。実は俺はこれから、ベルガホルカの神殿へ行こうと思っております。扉を開くカードが必要なのです。王家のカードが神殿の鍵かどうかはわかりませんが、お借りしたいのです」
咳払いを一つして、バルが締めくくる。
「海の上に浮かぶ島の上に存在する神殿ですわね。どうして、ベルガホルカの神殿へ?」
シンデレラが不思議そうにバルに聞く。
「ベルガホルカの指輪を入手するためです」
シンデレラの質問に、バルがダイレクトに返事を返す。
「ベルガホルカの指輪というと、古代の魔具か何かですか?」
「ええ。俺が、カルバの遺跡で手に入れた青い指輪には、カルバ神の力が封印されていました。同様に、ベルガホルカの力が封印された、ベルガホルカの指輪もあるのです」
「なるほど…」
カルバの指輪を手に入れたとき、シンデレラはバルと一緒にいた。なので、シンデレラはカルバの指輪のことをよく知っているのだ。だが、指輪の具体的な力については、彼女は知らない。
「カルバ、メースニャカ、そしてベルガホルカの3人の星神の力を封印した指輪が、それぞれ1つずつ存在します。3つの指輪を手に入れ、13階の悪夢を然るべき方法で使用すると、3人の星神と共に、邪神が復活するのです」
「星神と邪神が…」
バルの話に、シンデレラが唾を飲む。
「その邪神というのは、3人の星神の長のようなものなのですか?」
「いいえ。邪神は悪ですが、星神は良き神だったのです。星神が主神に挑んだのは、邪神にそそのかされたせいです」
シンデレラの問いに、バルは答える。星神はとても立派な神々だったが、邪神にそそのかされたせいで、主神に戦いを挑んで敗れている。ランドスケープ王国に伝わる昔話では、邪神にそそのかされたところがすっぽりと抜け、星神は悪者になっているのだ。シンデレラもその昔話を知っているため、星神が悪と考えていたのだろう。
「邪神は、この国にあった古代文明を苦しめた張本人です。もし復活すれば、またこの国は危機に晒されることとなるでしょう。そうなる前に…」
すう、とバルが息を吸う。
「邪神の復活を止めなけばならないのです」
考え抜いて出した結論。今までは、何のバルは、目的もなく、この国にただ漫然と居るだけだった。大きな流れに巻き込まれ、動きつつあるこの国の歴史の、中心に近いところにいながら、能動的には何もしなかった自分。他者に巻き込まれるがままに、動いていただけの自分。もう、そんな自分とはおさらばだ。
バルは、この国の危機を救うべく、立ち上がることとしたのだ。
『俺の目的は…この国を救うことだ』
決意に満ちたバルの目を、きょとんと見ていたシンデレラだったが、しばらくしてくすくすと笑い始めた。
「どうかしましたか?」
何か、ヘマでもしてしまったかと、バルがシンデレラに聞く。
「いいえ。ただちょっと、リキルに似ているなと思ってしまったのです」
シンデレラが笑いをかみ殺し、返事をした。
「私を守りたい、と言うリキルの目は、今のバルハルトの目と全く同じなのです。どこまで行っても本気で、どこまでも真面目で。端から見れば、恥ずかしいほどに、真っ直ぐで」
シンデレラが、イスから立ち上がる。どうやら、失敗したようだ。彼女に呆れられてしまったのだろうか。もう少し考えて…。
「カード、でしたわね?」
意気消沈したバルを、シンデレラが振り返った。
「ええ…あの、姫様…?」
「取ってきましょう。用途が不明だったとは言え、仮にも、代々伝わる家宝です。大事に扱うこと。よろしいかしら?」
機嫌を損ねてしまったわけではなかったらしい。バルが、ほっと胸をなで下ろす。
「そうそう。もしかして、と思って聞くのだけれど…」
ドアの前で、シンデレラが1度立ち止まる。
「もしかして、その邪神復活事件には、お兄様が関係していて?」
シンデレラは、回り道をしないで、真っ直ぐに物事を聞くタイプだ。今回も、そうだった。
お兄様というのは、シンデレラの兄でこの国の王子である、ロビン・ランドスケープのことだ。彼は4ヶ月ほど前から行方不明になっている。そのロビンは、ニウベルグと共に、邪神復活のために行動をしているようなのだ。本当のことを言ってしまったら、シンデレラはきっと落ち込むだろう。しかし…。
「…沈黙は肯定と受け取るわよ、バルハルト」
黙り込んだバルに、シンデレラがとどめを刺した。
「…すみません」
「いいのです、あなたのせいではありません」
シンデレラの犬の尻尾が、元気なく垂れ下がった。
「…カードを貸すのに、1つ条件を付けていいかしら?バルハルト」
強い語調で、シンデレラが言う。
「もしお兄様を見つけたら、連れ戻してほしいのです。どんな手段を使ってもかまいません」
ロビンを連れ戻す。それは、あまりにも難しい要求。
「…わかりました」
だが、バルはそれを承諾した。ロビンの近くには、凶悪で強いニウベルグがいるし、ロビン自身もかなりレベルの高い弓の使い手だ。殴りつけて連れ戻す、などということも難しいかも知れない。しかし、バルに断ることは出来なかった。
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