「いた!」
 数十の部屋を抜け、無数の廊下を抜け、多数の階段を下りたその先に、ギカームはいた。ギカームが相手をしていたのは、人骨の化け物、スケルトンだ。ギカームまでは、歩数にして100歩ほどで、決して近くはない。
「くそっ、来るんじゃねえ!」
 ずがっ!
 ギカームの斧が、スケルトンの1体を切り裂いた。スケルトンから、黒い霧が抜け、スケルトンが床に倒れる。だが、スケルトンは後5体はいる。全てを倒すのは、ギカーム一人では無理だ。
 スケルトンは、それぞれナイフを手に持ち、鎧を着ていた。バルは以前、カルバのピラミッドで、スケルトンと交戦したことがある。肉のある獣と違い、スケルトンは骨だけであり、決して耐久度は高くはない。だが、力は強いし、有効打を与えるのも難しい。特に、弓や槍のような武器では、骨を切っ先が掠めるだけで致命傷は与えられない。ギカームは手斧だから、そんな心配はないが、それでもこの数を相手にするのは無茶だ。
「ギカームさあああん!」
 走りながらのバルの叫び声に、ギカームがこちらを向いた。傷だらけで、着ている服も所々破れている。
「お前等、来たのか!よし…」
 ざくう!
「うぐ!?」
 振り返ったギカームの背中を、スケルトンが切り裂いた。ギカームが床に倒れる。
「ギカームさん!」
 迂闊に名前を呼ぶべきではなかった、とバルは反省した。こちらへ注意が向いたせいで、敵に背を向けることになってしまったのだ。
「カカカカカ!」
 骨を鳴らしナイフを振り上げるスケルトン。このままでは、心臓が刺されてしまう。
「お兄さん!」
「おう!」
 エミーが走りながらバルの首根っこを掴んだ。そして、手に力を込める。
「いけえええ!」
 ごぉぉおう!
「うおお!?」
 エミーの手から出た強風が、バルの背中を押し、吹き飛ばす。矢のように加速したバルは、そのまま敵のまっただ中に突っ込んだ。
「でえい!」
 がきぃん!
 落ちながら剣を振り下ろし、ギカームを刺そうとしたスケルトンを斬りつけるバル。スケルトンの首が吹っ飛び、スケルトンは動かなくなった。
「来るな!」
 足下に落ちていた、スケルトンのナイフを拾い上げ、バルが敵に向かって投げつける。命中することはなかったが、牽制にはなったようで、スケルトンが歩みを止めた。
「ギカーム、大丈夫ですか!?」
「お、おう。ちっと痛てぇがな…」
 ギカームの背中は大きく切れ、血が勢いよく流れている。倒れたギカームに、ジェカが回復の魔法をかけると、血は少しずつ止まっていった。
「時間を稼ごう、このままじゃギカームが危ないわ」
「わかった」
 スケルトン達の前に躍り出るバルとエミー。後4体、2人いれば壁としては十分だ。
「てい!」
 エミーが前にいる敵に向かって、上段の回し蹴りをぶち込んだ。スケルトンは床に倒れたが、ナイフを拾い上げ、また立ち上がった。
「ふっ!」
 剣を握り、斬りかかるバル。スケルトンのナイフが、バルの剣を床に受け流す。剣の軌道を逸らすガイドがあれば、大した力もいらずに敵の攻撃を受け流せる。このスケルトンは、どうやら生前はかなりナイフ使いが上手かったらしい。かなり苦戦しそうだ。
「カカカカ!」
 ぶぅん!
 バルの目の前を、ナイフが通った。バルは、ナイフをバックステップで避け、軽くしゃがみ込んだ。そのまま足のバネを利用して、敵に向かって体当たりをすると、後ろのスケルトン1体を巻き込み、合計2体が床に倒れた。
「くらえ!」
 がきぃん!
 剣を振り下ろすバル。スケルトンのうち、1体が致命傷を受け、黒い霧を出して動かなくなった。もう1体は骨とは思えない機動力で立ち上がり、ナイフを構えなおした。
『勝てる…!』
 このスケルトンはかなり手強い相手ではあるが、それと戦えるぐらいに、強くなってきている。この国に来て、危険な遺跡にも何度も潜り、強敵も相手にした。剣士に剣も習ったし、センスある他の人間とパーティを組んで戦ったこともあった。腕があがっているのだ。この調子で行けば…。
「ウオオオオ」
「アアアア」
 と、奥からゴーストが更に3体、姿を現した。この数相手に余裕で勝てると思うほど、バルも楽観的ではない。スケルトンは力が強いし、ゴーストは速度が速い。ここに来るまでに、何回か戦闘もあって、エミーも疲れてきているし、ここは出来るだけ無理をしない戦い方に切り替えなければ。
「ふっ!」
 飛びかかってきたゴーストに、バルが前蹴りをぶちこんだ。ゴーストは蹴りを受け、後ろにふわふわと飛んでいった。まだ、ジェカにかけてもらった魔法の効果が残っており、素手や武器で戦うことが出来る。対するゴーストは、何故物理攻撃が当たったのか理解できないような挙動をしていた。
「こいつを使え!」
 膝立ちで、ギカームが懐から、筒を持ち出した。
「まだ立っちゃだめです!」
「こいつを渡すだけだよ!おら、うけとれ!」
 ぽい、とギカームが筒を投げ、エミーが受け取った。エミーは素手でナイフと戦っているせいか、靴と腕に切り傷が多数ついている。
「使い方は?」
「上を押し込んで、投げつけろ!3秒だ!」
「わかった!」
 ぐっと、エミーが筒の上を押し込む。そして、敵のまっただ中に投げつけた。恐らくあれば爆薬だ、逃げなければ巻き込まれる。
「うっ!?」
 逃げようとしたバルに、スケルトンが組み付いてきた。このままでは、爆発に巻き込まれてしまう。
「離せ!」
 げし!
 スケルトンを蹴り飛ばすと、がしゃんと後ろに向かって倒れた。これで…。
 ドオオオオオオン!
「うわああああああ!」
 とてつもない轟音と衝撃に、バルは後ろに吹っ飛んだ。スケルトンとゴーストが、爆発に巻き込まれたのが見えたが、それに頓着する余裕はない。
 ごっ!
「うっ!」
 バルは、肩から床に転げ落ち、頬を強く打った。頬に手を当てるバル。石か何かで切ったのか、血が出ている。
「お兄さん、ほっぺが…」
 エミーが顔を青くする。どうやら、かなり酷い傷のようだ。
「これぐらい、なんともないさ」
 バルは鞄の中から、ガーゼと傷薬を出して、頬に張り付けた。
「…すごい」
 ジェカがぽつりと漏らす。3体いたスケルトンはバラバラになり、ゴーストも消えていた。爆弾に、魔力でも込めてあったのだろうか。
「特製品よ。別に高価なもんでもねえが、作るのには手間がかかる品でな」
 よいしょ、と立ち上がるギカーム。背中の傷は、治癒魔法のおかげで治ったようだ。
「バルハルトさんも…」
「俺はいいよ。自前の傷薬で十分さ。魔力は温存しないと」
 治癒魔法を、バルにもかけようとするジェカに、バルが微笑みかけた。
「侵入者は?」
「さらに奥だ。逃げ足の早いやつでな」
 エミーの問いに、ギカームが返事をした。かなりもう来ているはずだが、まだ奥があるらしい。
「普通の出入り口がある地下迷宮とここは、どうやら別系統らしいな。壁の素材も違うし、出てくるのもマネキンじゃなくてゴーストだ」
 ナイフを拾い上げ、チェックするギカーム。バルも横からナイフを見る。軽くさび付いてはいるが、かなり良い品だ。店で買えば、かなりの値がすることだろう。
「ギカーム。あんたの爆薬で、ここの入り口を開けたの?」
「バカ言っちゃいけねえ。あの変なやつが倉庫に入って、後を追ったらもう穴が開いてたんだ」
 やはり、前もって穴を掘っていたようだ。今の一瞬で穴を開けるのは無理だし、音がしなかったのもおかしい。最近、気配を感じたというあれは、何度も穴を掘りに来ていた気配だったのかも知れない。
「かなり入ってきたが、まだ奥があるんだな。王都の西から東の端ぐらいまで、歩いたような気がするぜ」
 ギカームの言うとおり、かなりの距離だ。広い遺跡を見ては来たが、ここまで広いのは初めてだ。こんなものが、王国の地下に埋まっているとは。ランドスケープ王国の古代文明は、地下にかなりの遺産を残していたらしい。
「あいつを捕まえりゃ、今回の依頼は完了だ。病院の床に大穴開けた理由を聞き出して、修理費出させてやる」
 ずかずかとギカームが進む。奥に行くと、扉があり、半開きになっていた。
「行こう」
 バルが扉を開けて、4人は中に入った。


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