最初の部屋には扉が1つだけで、他の3面は壁に囲まれていた。壁は、発光素材か何かで、白くぼんやりと薄暗い。3人は、その扉を開け、先へ進む。すると、短い螺旋階段の後に、また扉に遭遇した。
かちゃ
扉を開け、外に出るバル。そこは、短めの廊下になっていた。真っ直ぐ行った先が右に曲がっている。
「…」
何か、嫌なものがいる気配がする。バルはゆっくりと歩みを進めた。曲がり角から向こう側を見ると、少し広い部屋になっていた。部屋の中を、白い何か塊のようなものが浮かんでいる。
「あれは、ゴーストですね…」
ぼそりと呟くジェカ。ゴースト達は、全部で4体。何かを探すかのように、うろうろしている。
「ここを通らないと、向こう側に行けないわね」
部屋の奥に通路が1つ、右側にも通路が1つ。誰かが入ってきたのならば、どちらかへ行っているはずだ。
「幽霊だって、元は人間だろう?話し合えば…」
バルが、ずかずかと部屋の中に入る。
「あ、待って!」
エミーが叫んだ。その叫び声が聞こえたのか、4体のゴーストは全てこちらを向いた。
「ウオオアア」
「アアアアア」
4体が、バルめがけて飛びかかる。1体の手が、ゆらっと揺らめいたかと思うと、いきなり手が固体化した。
ざくっ!
「うああ!」
バルの腕を、幽霊の腕が切り裂いた。チェックのシャツの袖が、軽く切れる。
「お兄さん、こいつらは敵意の塊よ、会話なんか出来はしない!」
エミーとジェカがバルに駆け寄る。ゴースト達は、更なる乱入者相手に、声にならない声をあげている。
「ちくしょう!」
剣を抜き放ち、ゴーストに向けるバル。そのまま、バルは上段に剣を振り上げ、真っ直ぐに振り下ろした。
がきぃん!
「れ?」
剣の先は、床の石畳にぶつかり、硬い音をたてた。
「物理攻撃は効きません!」
ジェカの声がバルの耳に入るか入らないかのタイミングで、ゴーストがまた腕を振り下ろし、バルは身を引いた。ゴーストには実体がないから、剣が効かない。そのことを、忘れていた。
「くっ!」
エミーが腕を前に出し、力を込めた。エミーの手から、一陣の風が巻き起こる。
すぱっ!
「ギャアアア!」
その風は刃となり、ゴーストの腹を切り裂いた。魔法はどうやら、ゴースト相手にもダメージを与えることが可能なようだ。
「バルハルトさん、こちらへ!」
ジェカに呼ばれるがままに、バルが後ろへと退く。ジェカはバルの手を握り、力を込め始めた。うすらぼんやりと、紫の霧がジェカの周りに漂う。
「この!この!」
何度もエミーが風を出し、ゴーストを切り裂く。腕や腹、指などを切り裂きはするが、どれも致命傷には至らないようだ。
「う、う?」
ジェカの握る手から、熱いものがバルの体に流れ込む。生命力が、そのまま熱を保って体に入り込むかのようだ。紫色の霧が、バルの体を覆っているのがはっきりとわかる。
「あれを、斬ってみてください」
手を離し、ゴーストを指さすジェカ。バルは剣を握り、躊躇した。今は、エミーが4体のゴーストを上手くさばいている。斬ろうと思えば斬れるが、また剣はすり抜けてしまうはずだ。
「でも…」
「早く!」
言い訳をしようとするバルを、強い声でジェカが制した。どうにでもなれ、と思ったバルは、剣を振り上げ、ゴーストに向かって斬りかかった。
ずがぁっ!
「ギョワワワ!」
バルの剣は、ゴーストを頭から切り裂き、真っ二つにした。
「魔力をあなたに込めました、ゴーストとも対等に戦えるはずです!」
襲いかかるゴーストの攻撃を避けながら、ジェカが言う。
「わかった、これならば…!」
リキルに習った剣の基本を思い出し、バルはゴーストに斬りかかった。
「ギェェ!」
2体目のゴーストも斜めに2つに分かれ、消えていった。残るのは2体だ。
「ウオオオオ」
2体のゴーストは集まり、バルの方へ向かう。この中で一番危険なのが、バルだと判断したらしい。
「蹴りをつけるわ!」
エミーが片手をぐっと後ろに引いた。手の中で、ぱちぱちぱちっと音がする。
「どいて!」
言われたバルは、横にさっと避けた。エミーはゴーストの中に手を突っ込み、強く握りこんだ。
バチバチバチバチ!
「グアアアア!」
「ウアアアア!」
エミーの手から閃光が走り、電撃がゴースト2体を包んだ。ゴーストは白く光り、蒸発するように霧散した。
「エミーさん、電撃と風を使えるのか…」
剣を鞘に入れ、バルがエミーに言う。
「まあね。でも、これぐらいが関の山で、連発も出来ないから、あんまり頼りにしないでね」
くすくす笑うエミー。軽く、息があがっているところを見ると、魔法を使うのにそれなりの体力を消耗するのだろう。
「バルハルトさん、一つ言わせてください」
ジェカが、大真面目な顔でバルのことを見つめた。
「今、あなたの体には、ターンアンデッドの呪法をかけてあります。剣は、幽霊を斬ることが可能になりました。ですが、幽霊を斬るときには、剣にはかなりの負担をかけるのです」
「負担?」
「そうです。下手をすると、剣が破損するかも知れない、そう考えてください」
バルは、手の中の剣を見つめた。鈍く光る、金属の剣。特に破損している様子は見られないが、内部でどうなっているかわからない。だが今はナイフも手元にないし、これで戦うしかないのだ。出来るだけ気を付けようと、バルは肝に銘じた。
「あれ、あれは…」
ジェカが、奥の廊下に何かを見つけた。そこの床だけ、軽く焦げており、焦げた紙のようなものが散らばっている。
「これは、ギカームが作った爆弾です。彼はどうやら、ここで何かと交戦したみたいですね」
黒こげの紙切れを拾い上げ、ジェカが呟いた。今のゴーストは、ギカームが倒し損ねた残りだろうか。爆弾がゴーストに効くとも思えない。この先、かなりの数のゴーストがいるのではないかと思われる。
「急ごう。ギカームさんが心配だ」
言うが早いか、バルは紙切れの落ちていた方の廊下へ、駆けだした。
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