私を忘れないでほしいの。
 私はきっと、天国に逝ったとしても、地獄に堕ちたとしても、あなたのことは絶対に忘れない。
 もちろん、今死ぬとは思ってない。だけれど、人はいつかは死ぬ。愛が死を超えることはないかもしれない。だけれど、私がもし魂という存在になるならば、私はあなたのことを肉体ではなく心で愛したい。
 いつまでも、永遠に。愛してる…


 SHADOW LEOPARD
 #2 Night of Puppet



「やっぱ恋愛ってのは美しいよな」
 映画館の前で金髪でがっしりした体格の男性がつぶやいた。背が高く、着ているYシャツの下に筋肉があることが傍目にもわかる。
「ウィルが恋愛映画好きだなんて初めて知ったよ」
 隣に立っていた、豹のきぐるみのような姿をした女性が答える。上は薄手のジャケットにシャツ、下はカットジーンズ。シャツからはふわっとした体毛の生えた胸がはみでんばかりに自己主張している。その隣には猫のような顔をした少年が立っている。チェックのズボンに大きめのTシャツを着て、野球帽をかぶっている。同じように体毛が生え、色は黄色に近い茶色、頭髪は黒だ。この体毛はきぐるみでも偽の毛皮でもない。彼らは、アクラーという立派な人類である。季節は夏、毛皮は暑そうに見えるが、それなりの薄着をしているので、当人はそれほど暑くはない。
 アクラーは西暦2172年に地球がコンタクトした惑星「アクラ・スー」で、四足獣全般が進化して成り立ったと思われる人類だ。人間より動物に近い姿をしており、毛皮を持っている。逆に、毛皮を持たない地球人のことは、ヒューマンと呼ばれている。2345年現在、アクラーとヒューマンの間では混血児ができるほど文化が交流している。だが、医療や文化はまだ十分に行き交ったと言えず、お互いが努力をしている状態だ。
「そういうティナだって、ずいぶん映画に見入ってたじゃないか」
 ウィルと呼ばれたヒューマンの男性がからかうように豹人の女性に声をかけた。
「はは、アタッカーなんかしてると、恋に落ちることなんかないからね」
 ティナと呼ばれたアクラーの女性が、ウィルの言葉を流すように笑った。
 ここはアメリカの中流都市、アドラシスコだ。アドラシスコの治安は年を追うごとに悪化しており、市長は警察とは違った方面から犯罪者を検挙する「アタッカー」という肩書きを新しく作った。アタッカーには、H.Mライセンスというライセンスを取得することで転職することができる。だが、ライセンスを取ることはかなり難しく、アタッカーは限られた一握りの人間しかなることはできない。また、アタッカー個人には検挙数などでランクがつけられ、ランクが上がれば上がるほど優遇される。
 豹人アクラーの女性の名前はティナ・フィウス。厳しい試験をパスしてアタッカーになった一人だ。猫人アクラーの少年の名前はジョン・アレッド。ティナの元で、アタッカーになるために学んでいる。
「まあ、たまにはこうしてのんびり映画でも見るのもいいな」
 のんびり歩きながらウィルがつぶやく。彼のフルネームはウィル・キッパマン。アドラシスコで銃砲店を経営している。ティナとは旧知の友だが、彼自身はアタッカーではない。
 ティナはつい数日前に、連続爆弾魔「トミー・ボマー」を捕り逃し、市警から厳重な注意を受けていた。普段もそれほど忙しく賞金首を追っているわけではないのに、今のティナはだいぶ疲れて、活動を自粛している。意気消沈している彼女を見かねて、ウィルが映画のチケットを渡したのだった。
「ちょうどいいタイミングだったのさ。修理した銃も渡したかったしな」
「そうだね、助かったよ。これがないと、落ち着かないでね」
 ティナは脇に挟んだホルスターを見せる。中に入っているオートマチックハンドガンは、ティナが数年前から愛用している銃だ。型番号M2300、通称マッドキャットと言う。前回に彼女が関わった事件の時に破損したのを、ウィルに預け、修理していた。
「ジョンはどうよ?映画見て」
 ティナとはこの話題では発展できないと思ったか、ウィルはジョンに向き直る。
「俺はよくわかんなかった。ただ、ヒロインがサンダーマリアのボーカルだってことはわかったよ」
 小脇に挟んでいたパンフレットを開くジョン。そこには主演として、「アメリア・ラール」という名前が書かれている。アメリアはティナと同じ豹人のアクラーで、2340年にベストヒットを飛ばしたバンド「サンダーマリア」のボーカルだ。ティナも豹人だが、アメリアはティナと違って垂れた目をしているし、背丈もティナほどはない。だが、髪型も背丈も同じ程度なので、アクラーに疎いヒューマンから見れば、どちらも同じ顔をしているようにみえるだろう。
「ジョンは恋愛なんか興味なさそうな顔してるもんな。もうちょいとわかりやすい映画がよかったか。おやっさんはもっと積極的だったのにな?」
「それは知らないよ。親父と知り合いだからって、そういうこと言われると、対応に困るなあ…」
「はは、悪かった」
 ウィルはぽんぽんとジョンの頭を叩く。夕方の街は忙しそうに動き回る人でいっぱいだ。
「この後はどうする?飯食って帰りか?」
「いや、実はカフェに呼ばれてるんだ。ちょっと寄ってくよ」
 ウィルの言葉に、ティナは応える。カフェというのは、黒い犬人のアクラーで、アドラシスコ中心部で喫茶店をしている男だ。表向きは喫茶店経営者だが、アタッカーに情報を渡す情報屋の仕事もしている。本名はセルジオ・ナスカル。親しい間柄のあだ名はカフェ。彼もティナやウィルとは知り合いで、彼の斡旋した仕事でティナとジョンは知り合うことになった。
「んー、そうか。実はな、いい紅茶が入ったんだ。イギリス貴族が飲むようなやつだ。少し寄らないか?」
 コップを傾けるポーズを取るウィル。その顔はとても嬉しそうだ。
「まあ、また今度ね。時間があったらいただくよ」
「おう、ご来店お待ちしております、ってな」
 セルジオの店に向かって歩き出すティナとジョン。その2人の背中に、ウィルは軽く手を振った。


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