それから1時間ほど経った後のことです。
 ウサギ娘はぐったりして、河原にその身を投げ出していました。ミズトカゲが丁寧に畳んだワンピースも下着も身につけられないほど、体は疲弊しています。
「ひ、ひっどい目にあった…ちくしょう、あいつらぁ…!」
 自分が悪いことも忘れ、ウサギ娘は汚い言葉で彼らを罵りました。しかし、また水の中から彼らが出てきそうだと思ったのか、すぐに口をつぐみました。
「あー、くっそぅ…もうお嫁に行けねえよぅ…好きな人の子を最初に…はっ!」
 そこまで言って、ウサギ娘は大変なことに気が付きました。このままでは、ミズトカゲの子供を妊娠してしまいます。ミズトカゲは容赦ない攻撃をしたので、ウサギ娘はガードする術がなかったのです。
「し、しまった!一体どうすれば…」
 ウサギ娘は呆然と立ちつくしました。ぽたぽたと体から液体が落ちます。
 すると、そこに数人の男達が現れました。彼らはすべて、パリっとしたスーツを着て、ネクタイを締めていました。
「おい、見ろ。あんなところにウサギの女の子が倒れてるぞ」
 一人が言うと、残りが面白い物を見るような目で、ウサギ娘を見ました。ウサギ娘は、腹が立つやら、恥ずかしいやらで、全員にフライングニーキックをかまして絶命させてやろうかと思ったのですが、警察に捕まるといやなので何もしませんでした。
 そのとき、彼女は一瞬、彼らなら何か教えてくれるかもと思いました。
「き、緊急のことで、困ってるんだ…だ、出されたけど、妊娠したくないんだよぉ…なんとかならない?」
 顔を真っ赤にして聞くウサギ娘。男達はしばらく話し合いをしていましたが、一人が冷たく言いました。
「これから俺達は、八神さんとこの娘さんところに、見合いに行くんだよ。兄弟のうち誰かを夫にしてくれるって話だ。獣人相手に盛ってる暇はないね」
「そ、そんな!なんか知恵くれよ!あたし、本気で困ってんだよぉ!」
 今ここで置いて行かれたら大変なことになる。ウサギの村にも帰れない、と。ウサギ娘は男の足にすがりつきました。
「ええい、汚れるじゃないか!待て、ちっと考えてみっから!」
 男は邪険にウサギ娘を引き剥がしました。しばらく彼らは話し合っていましたが、話がついたらしく、一人がにやにやしながら言いました。
「あのな、コーラで洗うと、流れていって、妊娠しないと言う話を聞いたぜ」
「そ、そりゃほんとか!でも、こんなところにコーラなんて…」
「ちょうどそこにあるじゃあねえか」
 男が指さした先には、自動販売機が並んでいました。
「あ、ありがてえ!この礼はいつかするよ!」
 ウサギ娘が頭を下げると、男達は笑いながらどこかへ行ってしまいました。
 山奥でも海辺でも川辺でも働いている自動販売機はがんばりものです。ウサギ娘は、自動販売機がここにあったことに、心から感謝しました。
 早速ウサギ娘は、ワンピースのポケットから財布を出し、お金を取り出しました。
「えっと、110円、と…」
 かちゃん、がったん
 取り出し口に、赤いコーラの缶が出てきます。
 プルを引き、ウサギ娘は一瞬ためらいました。しかし、そこを開くと、一気に流し込みました。
「ひいいいい!い、痛いよ!あーん!あーん!」
 とうとうウサギ娘は泣き出しました。そして泣きながら、自分がミズトカゲにしたいたずらからこの事態が始まったことを思い出し、深く反省しました。
「も、もし。ウサギさん。あなたは何で泣いているのか…」
 後ろから声をかけられ、ウサギ娘は振り返りました。そこにいたのは、先ほどのスーツ集団と似たような格好をした、イケメンの男でした。まさに上物、先ほどの男達が牛革やサンダルの底を噛むようなステーキだとすると、彼は松阪牛です。
 彼は大きな荷物を持たされ、今にも死にそうな顔をしていました。そして、ウサギ娘の持つコーラを見て、目を光らせました。
「おお、飲み物!すまないが、それを私にくれないか!」
「ひぐっ…い、いいけど…」
 ウサギ娘がコーラの残りを渡すと、男はそれを一気に飲み干しました。ふうと息を付くと、彼の顔に生気が戻りました。
「いやー、助かった。八神さんとこの娘さんのところにお見合いにいくはずだったんだが、意地悪な兄共に荷物を持たされてな。喉が乾いてたまらなかったんだ。ボストンバッグに旅行用バッグ、たくさん持つものではないなあ、ははは」
 男は快活に笑いました。ウサギ娘は、痛いのも忘れて、イケメンに見とれていました。ふうと息をつきます。
「ところで、泣いていたようだが、何がどうしたんだね。その格好だ、想像できないこともないが…まずは体を拭くことだね。毛並みが台無しだぞ」
 男が優しくタオルをかけます。ウサギ娘は感じました。この男なら安心できると。
「えぐ、えぐ、聞いてくれよぉ…実は、かくかくしかじか、ほにゃらら…」
「ふむふむ。つまり、これこれこうで、はっぱふみふみなんだな。ようし、把握した」
 男は荷物を開けると、2錠の薬を出しました。
「これを片方、今すぐ飲みなさい」
 男は薬をウサギ娘の手に握らせます。彼女の肉球と、彼の指が、ふれあいました。
「毒じゃねえだろうな?」
 くんくんとウサギ娘が臭いを嗅ぎました。いつの間にか泣きやんでいます。
「これは緊急避妊薬というものでな、すぐに飲んで、また24時間以内に飲むと…」
「わあったわあった、ありがとうよ」
 難しい話が出てきたところで、ウサギ娘は頭がパンクしてしまいました。言われたとおり、1錠だけ薬を飲みます。
「先ほどコーラを教えたのは、私の兄だと思う。ひっどいことをするなあ。しかし、お前さんもミズトカゲにいたずらしなきゃ、そんなこと起きなかったんだぜ」
「う、うん。反省してるよぉ。あたし、ひどく反省してるんだ」
 ウサギ娘は力をぬいてがっくりと肩を落としました。
「まあ、お前さんの不運など、俺の不運に比べたら、まるで水と泥だぜ。俺なんか…」
 そう言って、その男は、自分の不幸話をつらつらと話し始めました。大抵は彼の兄絡みで、聞いているだけで悲しくなる話でしたが、ウサギ娘は最後まで聞きました。
『ああ、こいつはバカだ。人に虐げられても、そいつのせいにしないで、不運で終わらせてる。こんな男、あたしの回りに、いたっけ…』
 ウサギ娘は感じました。これは運命だと。天の神様が、いたずら好きで口の悪い自分にくれた運命だと。
「でな、そのときも…はあ…もうやめた。どうせ俺、この悪運から逃げることは…」
「いーや、お前の悪運は、これで終わりだね!」
 ウサギ娘はすっくりと立ち上がりました。彼女の体からタオルがはらりと落ちます。
「決めた、あたしはお前の嫁さんになる!」
「ええ!?いや、俺は八神さんところの娘さんとお見合いを…」
「関係ねえよ!あたしは、自分にはそれほどでもないが、他人には幸運を呼び込むラッキーガール!お前の悪運も、今日限りで終わりだー!」
 ウサギ娘は大嘘をつきました。本当はそんなことはないのですが、ここでこのイケメンを逃せば、大変なことになると思ったからです。
 ドスッ!
「ぎゃう!」
 ウサギ娘はイケメンの腹に蹴りを一発入れました。彼が怯んでいる隙に、どこからともなく取り出した太い縄を使い、彼の体を縛ります。
「何をするんだ!」
「ええい、任せとけ!行くぞー!」
 ウサギ娘は裸のまま、縛られた男と自分の服を担ぎ、走り出しました。
「わああああ!」
 後には、落ちたタオルと、男の荷物だけが残っていましたとさ。

 めでたしめでたし


 (終わり)


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