プールの帰り道。夕日がだんだんと沈み、空が紺色になっていく。ゆっくりと空が暗くなっていくのがわかる。浴衣を着た人が多数駅へ向かって歩いていく。おそらく、どこかで行われている七夕祭りへ行くのだろう。
「あのー…重いんだけど…えへへ…」
 アリサが媚びた笑いをしながら、一同を見渡した。全員分の荷物を持たされた彼女は、湿った体毛を時折かき分けながら、最後尾を歩いていた。
「自業自得だ、バカ者」
「そんなこと言わないでよ〜。ちょっと竜馬とロマンスしたかっただけなんだから〜」
 恵理香がつっけんどんにあしらい、アリサはごまかすような笑いを見せる。
「ふん、だ。アリサさんなんか知らない」
 真優美は機嫌の悪い顔をしながら、竜馬と腕を組んでいる。竜馬も最初は少し迷惑そうなそぶりを見せたものの、湿った毛のひんやりとした感覚が気持ちよく、なすがままになっていた。
「ね、修平、ちょっとだけでも持ってほしいな〜、なんて…」
「い、嫌だ…ホモは嫌だ…うう…」
 今度は修平に媚びたアリサだったが、彼の様子がおかしいのを見て、諦めた。戻ってきてからと言うものの、ぶつぶつと呪文のように何かをつぶやいている。よほどひどい目にあったらしい。
「うう、居場所がない…」
 アリサがしょんぼりと、尻尾を垂らして歩く。
「…あの2人、案外織り姫と彦星だったりしてな」
 しばらく歩いてから、竜馬がぽつりとつぶやいた。
「彦根さんと織川さんのことですかぁ?」
「うん。なんとなくそんな気がした。まあ、そんなことないだろうけどさ」
 竜馬に言われ、真優美が2人の顔を思い出す。とても仲が良さそうで、お互い愛し合っているように見えた。
『あたしもそうなれたらいいなあ…』
 ぼんやりと真優美の視線が宙を彷徨う。
「ともあれ、今日は色々あって疲れた…明日から夏休みだというに…」
 竜馬が大きく息をついた。明日、7月8日から夏休みだ。テストが今日で終わり、明日から15日の終業式まで名ばかりの補講期間、その後に本格的な夏休みがやってくる。授業に悩まされることは当分なくなるだろうが、だんだんと暑くなる東京に悩まされることになるだろう。
「ほんとほんと。アリサが暴走しない日なんかないな。はっはっは」
 がん!
「ぎゃん!」
 恵理香が笑っていると、後ろから何食わぬ顔でアリサが近づき、その頭をこづいた。
「あーら、ごめんあそばっせ〜。手が勝手にしちゃったの〜」
 アリサはしてやったりとばかりににやにやしている。
「このー!まだ懲りないのか、バカ犬は!」
「ふーんだ!スクール水着のお嬢様に言われたくないわよ!小学生みたいな体型しちゃってさ!」
「やかましい、淫乱犬!竜馬も迷惑してたのに、お前というやつはー!」
 またもやアリサと恵理香の口論が始まった。いつもはそれを止める修平だが、今日は時折「ホモは嫌だ…」とつぶやくだけで、何も手出しをしなかった。
「キス、しちゃいましたね、竜馬君…」
 真優美が先ほどのプールでのことを思い出し、うっとりとした顔を見せた。
「ん…偶然だけどね」
「いいんですよぉ。うふふ」
 幸せそうに微笑む真優美。竜馬は一瞬、彼女の中に、アリサに感じる悪寒と同じものを感じ取ったが、すぐにそれを消去した。
『ははは、同じ獣人だからさ、きっとそうさ…』
 心の中で、竜馬が今の感情をごまかした。それと同時に、恋愛という2文字について考えることもやめた。今はただ、真優美ともアリサとも、ただの友人でいたい。それがわがままでしかないにしろ。
 日がすっかり沈みきった東京の空に、天の川が美しく光る。光害のせいで霞がかかったようにしか見えないが、それでも普段よりははっきりと見える。2つの星がゆっくりと近づいていることに気づく者は、誰一人としていなかった。


 (続く)


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