2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
 そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
 そして2045年。地球は変わる。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第八話「狐降って犬怒る」



 大衆演劇という演劇がある。言葉のイメージから見れば、珍妙な姿をした団員が大勢いて、彼らが着物や和服をまとって演じる、古くさい演劇のスタイルだと思われるかも知れない。だが、実際の大衆演劇は、決してそのようなものではない。2045年現在の大衆演劇は、今までの演劇の枠を外した、新しいジャンルとして成り立っている。
 話の筋は時代劇ベースだが、内容はしっかりとした娯楽演劇になっている。三味線の音にギターが混ざったり、太鼓の音にドラムが混ざったり、役者がドラマと見まごうような演技をしたりもする。
 人間少年、錦原竜馬が今見に来ているのも、そんな大衆演劇の一つだった。彼の姉、大学生の清香は、時代考証部という、日本の古い文化を理解するための部活動に所属している。そして、このような大衆文化に対して、並々ならぬ知識を持っている。今回清香は、自分の知り合いの座長が大衆演劇を開くということで、竜馬とその高校の友人、人間少年の修平、獣人少女のアリサ、獣人少女の真優美に、人間少女の清香を連れてきていた。
 既に6月も末、期末テストは目の前だ。最初、5人はあまりいいイメージを持っていなかった。わざわざ時間を取って見に来るほどのものか、と懐疑的だった5人だが、演劇が始まり、見始めてからはあっと言う間に引き込まれていった。10時50分から上映されて既に1時間、物語はクライマックスに突入している。
「あ!」
 真優美が舞台を見て、小さく声をあげた。高いところから、刀を差した地球人で、主人公役の男団員が飛び降りた。一回転すると、すたりと舞台に降り、刀を抜き放つ。
「貴様らに裁きを下してくれる!」
「こしゃくな!やれ、やつを倒したものには、恩賞は望みのままぞ!」
 主人公に、侍が刀を振りかざして襲いかかる。
「これはあれだな、やられ役全開だな」
 修平がポップコーンを噛む。
「こういうのは時代劇には必要なのよ」
 その隣に座っているアリサが、修平の持つポップコーンを掴み、自分の口に放り込む。彼女は竜馬の肩に頭を乗せたが、竜馬はそれをそっとどかした。
 今の演劇の内容はこうだ。江戸時代、まだ妖怪や物の怪が存在したころの話。悪い代官が、地方にある稲荷神社を取りつぶすことにした。というのも、その神社と裏山には、素晴らしい財産が眠っているということで、財産が欲しくて仕方ない代官は、手始めに神社を破壊することにしたのだ。麓の村人の間では、この神社には妖孤が住んでいるとの言い伝えがあり、この神社を侵すことはなかった。妖孤は人間を好いており、人間を助けることがままあった。だが、今代官がこの神社を壊してしまえば、妖孤は行き場を失ってしまう。
 事を重大に見た村人は、代官に嘆願書を提出。だが、それによってバカにされていると感じた代官は、村の若い娘数名を見せしめに連れ去ってしまう。涙に暮れる村人の元に、一人の浪人が現れる。彼こそ、各地を旅して悪を正している伝説の剣士、洋次朗だった。そして今、洋次朗は代官屋敷に忍び込み、手込めにされそうになっていた娘を助けに来たのだ。
 ガキィン!
 金属がぶつかり合う音がして、洋次朗の刀が飛ばされた。
「くそっ、しまった!」
「もらったあ!」
 侍が刀を振り上げる。真優美がひっと小さく声をあげて目を閉じた。
 ガキン!
 侍の刀は振り下ろされることはなかった。なぜなら、途中で長刀に止められていたからだ。見れば、いつの間に舞台に上がったのか、巫女服を着た女性が長刀を握っている。青みがかった銀髪の彼女は、地球人と同じ肌をしていたが、頭髪の中には大きな獣耳がピンと立っているし、大きな尻尾が腰から出ている。きりっとしたつり目が、彼女の顔を美しく見せている。竜馬は一目見た瞬間、彼女が獣人と地球人のハーフだと気が付いた。
「き、貴様は!」
「私こそ、稲荷神社の主、妖孤の巫女!非道な代官、貴様が罪もない村人にした仕打ち、許すことはできん!洋次朗殿、助太刀いたすぞ!」
 妖孤は長刀をぶんと振り回し、正面に構えた。
「ハーフなんて珍しいな」
 竜馬が、率直な感想を口にした。
「あの子ね、この一座の子じゃないんだよ。ここらへんで演劇役者を片手間にやってる子で、東京に来る一座に参加して演劇してるの。去年偶然知り合ったんだけど、なかなかいい子だし、アドリブ上手いから引っ張りだこでね。かわいいでしょ?」
 清香が足を組み直し、解説をする。舞台上では、妖孤と洋次朗が組み、襲いかかる侍を次々に斬り倒している。
「たしかに、かわいいな…」
 竜馬が思わずつぶやくと、アリサがその頬をぎゅうっと引っ張った。
「いてて、何すんだよ」
「ふん。私を見ないで、他の子を見るからよ」
「何言ってんだか。俺はお前と付き合う気なんざ、毛頭ないんだぞ?俺が誰と付き合おうと、お前には関係ないよ」
 竜馬はすっかり呆れてイスに座り直す。
「こないだ一緒に食べたご飯、美味しかったな〜」
 アリサの意味深な台詞に、竜馬はぎくりとした。
「ご飯、食べたんですかぁ?」
「ええ。竜馬が誘ってくれたのよ。ね、竜馬?」
 驚いている真優美に答え、竜馬に同意を求めるアリサ。竜馬は何も言わず、演劇に熱中しているふりをした。
 アリサは竜馬に強烈な恋愛感情を持っており、竜馬とくっつきたいと思っている。だが、竜馬は彼女が過去に自分に与えたトラウマや、彼女自身の性格の問題で、アリサを嫌っており、付き合う気はさらさらない。今の発言も、いつもならばアリサの嘘で済ませられるのだが、竜馬はアリサを食事に誘ってしまったので、嘘だと言うこともできない。
 竜馬が彼女を誘ったのは、一時の気の迷いだった。今からちょうど2週間ほど前、アリサは竜馬を物にしようと、恋愛感情をオープンにする薬を通信販売で購入した。だが、通販会社の手違いで、アリサの手元には試作品の性格改善薬が送られてきた。そうと知らずに使用したアリサは、教室をパニックに陥れたのだった。最終的に、衝撃で元に戻ることがわかったのだが、他の生徒が治った矢先にアリサが薬品を服用。竜馬好みの性格になったアリサは、竜馬に食事に誘われ、中華屋で一緒に食事をした。これがアリサの言う、一緒に食事をしたという内容だ。
「そう、宝とは私のこと。村を守る妖孤である私のことだ。それを早とちりして、金銭に置き換えようとしたのは、あなたの失態だ。今後、村人に手を出さないでもらおうか」
 妖孤は長刀を構えたまま、一人だけ残った代官に言った。
「宝がお姉さんか…ロマンチックだね、こりゃ…」
 修平が小さい声でつぶやいた。
「あーあ、あたしを宝だって言ってくれる男、どっかにいないかね」
 手を頭の後ろに組んで、清香が言う。
「俺、俺、そのものズバリ」
「何言ってんの。面白くない冗談、言うんじゃないの」
 自分を指さす修平を、清香は軽く突っぱねた。


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