2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
 そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
 そして2045年。地球は変わる。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第七話「ドキッ!危ない薬品!」



 獣人少女、アリサは、食堂の丸イスに座ってテレビを見ていた。彼女の前には安物のテーブルと、先ほど注文した彼女のお気に入り、エビ天カレーが置いてある。彼女の通っている高校、私立天馬高等学校の食堂は、かなりの広さがあるが、全校生徒が一度に食事をするには狭い。昼休みの食堂は、今日も生徒でごった返している。建物内は、食べ物と雨の匂いでいっぱいだ。5月末に梅雨入り宣言。もう6月の半ばだというのに、まだ雨が降り続いている。
『さあ、お待ちかね、ギャラクシー通信販売オメガの時間がやってまいりました!今日もあなた達に、驚きと喜びをお送りいたします!』
 テレビではちょうど、通信販売の番組をやっていた。やけに騒がしいバックミュージック、きらきら輝く照明は、とても楽しそうな印象を受ける。アリサはそれを見ながら、カレーを口に運んだ。長い金髪がカレーにつかないよう、時たまかきあげる仕草は、女の子そのものだ。体毛はクリーム色、天井を指す尖り耳の先が黒くなっている。
『本日最初にご紹介するのは、愛の妙薬、ラブポイズン!猛烈に愛し合いたいけれど、素直になれない。彼氏がシャイ、彼女がツンデレ…そんなとき、ありませんか?』
 アリサは思わずうなずいた。スプーンの上に乗っていたエビ天がころりと落ちる。
『この妙薬を使えば、恋愛に関する感情がオープンになります!つまり、愛や恋に対して、開けた人間に早変わり!昔々、爬虫人のある民族が、結婚式の際に使用したという、由緒正しい品です!』
 スプーンをくわえたまま、アリサはテレビの画面に釘付けになった。獣人の女性が、地球人の男性に抱きつき、その美しい毛皮をなで回されているシーンが映し出されている。
『でも、これって媚薬じゃないの?それに、強制的な恋愛は、おかしいと思うんだけど…』
 どこからともなく現れた、アシスタントの女性が、ラブポイズンの瓶を持つナイスガイに聞いた。
『大丈夫!媚薬ではないし、服用しても本人の意志や意識が途絶えるわけでもないんだ!逆に言えば、全然好きあってない相手に服用させても、仲が進展するわけじゃないので注意!また、この放送をしている国では、この薬品は合法だから、安心してほしい!』
 大声で笑いながら、販売員のナイスガイが瓶を掲げて見せた。下に小さく「この薬品は日本の法律に抵触するような販売物ではございません」とテロップが流れる。この魅惑のアイテムに、アリサは心を奪われていた。彼女が好きで仕方がない同級生、人間少年の竜馬は、彼女の強烈な愛を受け取らないばかりか、邪険な扱いをしている。だが、心底嫌っているかと思えばそうでもなく、たまに気まぐれに優しい言葉をかけたりもする。アリサには、彼の心情がさっぱりわからなかったが、この薬品を使えば彼の愛だけを増幅し、思う存分いちゃつけるかも知れない。
『さあ、あなたもレッツ、ラブライフ!愛は鉄より堅く、マグマより熱いものなのです!』
 抱き合う男女2人の背後で、火山が爆発するアニメーションが流れた。
「昼間っから、こんな性的な放送、いけないわよね〜」
 口ではそんなことを言いながらも、アリサの目線は釘付けだった。注文する連絡先が表示されたとき、彼女はきょろきょろと周りを見回して、携帯電話を取り出した。メモリーに電話番号とメールアドレスを記録して、ポケットにしまう。
「くふふ…待ってなさい、竜馬。抱きついて、ぺろぺろして、ちゅーしてあげるんだから…」
 アリサは一人でにやにやしながら、エビの尻尾をかりかりと噛んだ。


 数日後の朝。今日は、梅雨の最中の晴れの日だった。アリサのカバンの中には、通信販売で手に入れたラブポイズンが入っていた。元の大瓶と、小分けにした瓶が1つ。ラブポイズンは大量に使わなくても効果が出るらしいので、周りに見つからないような大きさの瓶に、少しだけ注いで持ってきていた。今日の1、2限には、調理実習がある。竜馬と同じ班に分けられている彼女は、竜馬の皿にこれを入れる計画を立てていた。だが、どうもその計画は上手くいきそうもない。
「うう…」
 机に突っ伏したまま、アリサはうめき声をあげた。体調がとても悪い。いつもは元気な尻尾が、だらんと垂れ下がっている。というのも、彼女は昨日、社会科の提出課題のレポートを寝ないでやっていたからだ。勉強もスポーツもできるアリサが、徹夜までしなければいけないほど、そのレポートは難しかった。
「アリサさん、おはよう〜。眠いんですかぁ?」
 間の抜けた声に、アリサは顔を上げた。獣人少女の真優美と、人間少女の美華子が、アリサの机の前に立っている。真優美は褐色の体毛に銀髪、美華子は茶髪に金色の目をしている。
「調子が悪いのよ…うう」
 2人を見上げながら、アリサはまた頭を下ろした。腕や足を少し動かすだけで、かなりのだるさがアリサを包む。
「本当ですか〜?あの、保健室に行った方がいいのでは?」
 心配そうな顔で、真優美がアリサの顔を覗き込む。
「行きたいんだけどねー…」
 アリサは少し考え込んだ。この後、無理に調理実習に参加して、失敗したらみんなが困る。だが、竜馬の愛は欲しい。そこで彼女は、一つの策を思いついた。
「実はね〜、この間竜馬の風邪を看病したでしょう?そのときにね、ちょっと竜馬、ある種のビタミンが足りないんじゃないかって思って、ビタミン剤を持ってきたのよ」
 カバンの中から、ラブポイズンの入った瓶を出すアリサ。見た目はただの、透明な液体だ。匂いもそれほどしないので、ビタミン剤と言っても疑われないだろう。また、薄めると遅効性になるらしいので、アリサがすぐに疑われることはない。この薬品は、量によって強さが変わることはあまりないらしく、効いてくる速度がだんだん違ってくるらしい。
「本当にビタミン剤?」
 美華子が鋭い目でアリサを見た。アリサは目を逸らし、うなずく。
「そ、それでね、これを竜馬のお皿にだけ入れてほしいのよ。強烈だから、竜馬にだけ食べさせて?」
 アリサは瓶を真優美に渡した。
「わかりました〜。じゃあ、竜馬君に渡しますね〜」
「それじゃだめなのよ。彼、疑り深いから、こっそり飲ませて?」
「あ、はい〜。じゃあ、そうします〜」
 真優美は瓶を受け取り、ポケットに入れた。
「うん。ちょっとあれだけど、竜馬のためを思ってだから…うっ…」
 アリサは口を押さえた。吐き気が止まらない。嘘をついた罰が当たったのではないかと、アリサは一瞬思ったが、すぐにその気持ちを消し去った。
「大丈夫?保健室行きなよ。先生には言っておくから」
 ぽんぽんと、美華子がアリサの肩を叩いた。
「それじゃ、お願い…」
 アリサは席を立ち、廊下に出る。足取りがおぼつかない。ゆっくりと階段を下り、1階の保健室に入った。
「すいませ〜ん。あの〜…」
 声をかけるが、誰もいない。本当ならば、地球人で、いつも優しい保険医の、如月愛子先生がいるはずだ。周りを見回していたアリサは、机の上にはメモが置いてあるのを見つけた。
「ん、と?用事がある人は2限が終わるまで待っていてください。どうしても体調が悪い場合は、ベッドを使用していいです、って…投げやりね〜」
 アリサはベッドの方を見る。カーテンのついたベッドが2つあるが、今は誰も寝ていない。
「うっ…」
 アリサはまた口を押さえる。それと同時に、眠気が襲ってきた。睡眠時間だけ数えれば、しっかりと寝ているはずだが、体が思うように動かない。
「それじゃ、おじゃまします…」
 アリサは靴を脱いで、ベッドに上がる。カーテンを閉め、枕に頭を置くと同時に、アリサの意識は暗闇へと引き込まれていった。


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