「で、朝までそうやってたわけ?」
 清香が呆れた顔でアリサと竜馬を交互に見た。
「うん…」
 竜馬が壁を背に座り、目の下にクマを撫でながら答える。
「ふあぁぁ…眠い…」
 その横には、耳を伏せて尻尾から力が抜けたアリサが、あくびをしている。
 既に時刻は7時半を差している。つい20分ほど前に清香が起きたときには、疲労困憊した竜馬とアリサ、そしてよほど酷使されたのか、買ってきて1日しか経ってないとは言えないほどぼろぼろになったピコピコハンマーが落ちていた。これだけ使ってもらえれば、おもちゃメーカーも本望だろう。
「呆れたもんだよ。まさかこんな結末になるとは」
 修平が台所で皿を洗いながら言った。その横で、真優美が皿を拭いては食器棚に返している。コンロにかかっている鍋では、既にみそ汁が出来上がり、日本の朝食の匂いをさせていた。
「だ、だって、竜馬が、ピコピコハンマーで私を叩くんだもん…」
「まだ言い訳するか、こいつぅ…そういうところが嫌だって、何度言えば…」
 当人達は激しく言い合いをしているつもりらしいが、端から見れば、眠そうな高校生2人の弱々しい言い合いだ。
「2人とも寝たら?」
 鏡を見ながら、櫛で髪を解かしている美華子が、呆れた声で言う。
「それはだめだ、だって…」
「まだ王様ゲームは終わってないもの…」
 竜馬とアリサが先を争って答えた。
「たかだか1日の徹夜でこんなになるとは情けない。2人とも、若さが足りないね」
 清香の毒舌も、2人には活力を与えない。
「最近、規則正しい生活してたんですもの…ふあぁ…」
 アリサが大きくあくびをする。
「大体、なんで錦原はそんなにアリサを気にするの?ほんとに嫌なら無視すればいいんじゃ?」
 櫛を置いて、修平と真優美を手伝い始めた美華子が、包丁を使いながら言った。
「そりゃ、こいつが無理矢理…」
「口きかないとか逃げるとかいろいろ手段はあると思うけど?」
 竜馬の弁解を遮り、美華子が逃げ道をなくす。竜馬はしばらく考え、小さな声で話し始めた。
「いくら嫌いだからと言って、さすがにそこまでする気にはなれないよ。性格さえ直せば、今なら普通に友達できるだろうし…仲間はずれとか、そういう根本的な意地悪は、俺は出来ないから…」
 俯いて、一語一句噛みしめるように言う竜馬を、アリサが見つめる。
「竜馬、そんなに私のことを…」
 アリサの顔が、少し泣きそうに歪む。そして、大きく手を広げ、竜馬を抱きしめた。
 ぐぎっ!
「うあ!」
 びくんと動いた竜馬の体が動かなくなる。そこでアリサは、自分が力の加減を間違えたことを知った。
「あ、竜馬君!」
 お玉を持った真優美が、慌てて竜馬に駆け寄る。ぴくりとも動かない竜馬は、今のショックで気絶してしまったようだ。眠気も手伝っていたのだろう。
「あ…でも、勝ちは勝ち、でいいのよね?」
「いいんじゃないの?」
 アリサがどうしていいかわからない顔で言い、美華子が答える。
「んー、勝ったー!」
 嬉しそうにアリサが万歳をした。満面の笑みを浮かべている。
「じゃあ、竜馬を一日彼氏にしたいな!ご飯食べに行って、買い物行って、それから…えーと…」
 緊張の糸が切れ、眠気がぶり返してきたようだ。だんだんとアリサの口数が少なくなる。
「もう、無理、かも…もう勝ったし、寝ていいよね…」
 昨日、修平と真優美が寝ていた布団に、ばたりと倒れると、アリサはそのまま寝てしまった。
「これにて終了か。まあ、2人が起きるころには、もう「今日」は残り少ないだろうね」
 清香が苦笑しながら、修平の作った卵焼きを、テーブルに並べた。
「寝かせておいてあげよう」
 修平は竜馬の部屋の戸を開け、ベッドに竜馬を寝かせた。その隣に、竜馬と向かい合うように、アリサを寝かせる。
「えー、一緒に寝かせるんですかぁ?」
 真優美は2人が一緒に寝ているのが気に入らないようだ。むっとした顔で修平を睨む。
「うん。竜馬の部屋にはベッドが一つしかないから」
「えー、でも…」
「まあまあ。今日の勝者はアリサちゃんだし、これぐらいしてあげてもいいじゃないか」
 修平はにやにやしながら、枕を2つ、2人の頭の下に置いた。
「ご飯出来たよ」
 美華子が顔を出し、2人を呼ぶ。開いた戸から、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ん、ありがとう」
 修平が竜馬の部屋を出た。残された真優美は、竜馬とアリサの寝顔を交互に見て、少し悔しそうな顔をした。そして、誰も見ていないことを確認して、竜馬の頬に口を押しつけるようなキスをして、そっと部屋を出た。
「真優美、どうしたの?なんか変な表情だけど…」
「な、なんでもないですよぅ」
 戸が閉められる。窓のカーテンの隙間から、一筋の光が射し、竜馬の髪を照らした。
「ん…」
 眠っているアリサが、ぎゅっと竜馬を抱きしめ、にっこりと微笑んだ。いい夢を見ているのだろう。竜馬も、それに応えるように、アリサの背中に手を回す。人は眠っているとき、何かを抱いて寝る格好が楽だと言うが、2人ともお互いを無意識に抱き合っている。目が覚めたとき、2人はどんな顔をすることだろう。
 朝の太陽が、一日を知らせる朝日を、東京に降り注がせている。それとは無関係に、2人は眠りの世界へと落ちていった。


 (続く)


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