2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
 そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
 そして2045年。地球は変わる。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第二話「消えたおぱんつの謎!?」



 長い長い螺旋階段を竜馬は昇っていた。どこまでも続く螺旋階段だ。上には大きな傘のように広がった屋根が見え、下には海が見える。空は暗く、雲だけが光を放っているかのようだ。どうやら、傘の部分に光源があるらしい。ここは灯台だろうか。
 闇の中の螺旋階段で、竜馬は何度も何度も転んだ。この上には、自分を待っている誰かがいる。それを彼は理解していた。なぜだかはわからない。だが、おかしな義務感が彼を包んでいた。
「早く行かないと、早く行かないと…」
 いつ終わるとも知れぬ無限階段。だが、とうとう終点を竜馬は見ることができた。階段の上には、光り輝く空間が見える。
「やった…」
 達成感と共に竜馬は階段を昇りきった。階段の終点にある、大仰な扉を開くと、そこは何もない空間だった。闇の中で、スポットライトに照らされたように一部分が明るくなり、少女が泣いている。顔を隠していて誰だかはわからないが、獣人であるようだ。
「真優美ちゃん…」
 竜馬は思わずその名を呼んだ。少女は顔を上げる。
「ほら、泣かないで。怖かったね、よくがんばったね」
 にっこり笑って真優美を撫でる竜馬。と、その手を唐突に真優美がつかむ。
「あいたかったわ。大好きよ」
 その声に竜馬は聞き覚えがあった。今まで自分にトラウマを植え付けていた張本人の声だ。目の前にいるのは、真優美であって真優美ではない…
「う、うわ…うわー!」
 手を振り払おうと必死にもがく竜馬。彼の力ではあがらうことができない。にやりと笑う真優美の顔が、だんだんとアリサに変わっていく。
「さあ、一緒に行きましょう。とてもいいものを用意しているの」
 真優美は…いや、アリサは竜馬の手を引っ張った。逃げようとしても逃げられない。それほど、アリサの力は強かった。捕まれている右手が痺れる。
 アリサの目の前に扉があった。彼女は躊躇することなくそれを開く。中はこぎれいな部屋だった。壁紙は水玉模様で、窓がない。大きなサイズのベッドが一つとテレビが一つある。ずるずると部屋に引き込まれた竜馬は、一瞬自分がどこにいるのかわからなかったが、一通り見回して理解した。外から見えるガラス張りのバスルーム、強壮剤が入っていると書かれている冷蔵庫、極めつけは缶に入った避妊具…
「な、なんだよこれ!」
「ラブホテルも知らないの?カップルズホテルって言う人もいるけど…くふふ、部屋を取っておいたのよ」
 ようやくアリサは腕を放した。竜馬は逃げようとして、先ほど入ってきた扉が見あたらないことに気が付いた。どこにも逃げ場はない。右手の痺れは取れず、ますますひどくなっているようだ。アリサはと言えば、ブレザーの上着を脱ぎ、備え付けハンガーにかけている。
「さあ、竜馬…」
 アリサの目が鋭くなる。竜馬は本能的に感知した。自分は食われる、食われる…
「う、うわああああ!」
 竜馬は声にならない叫び声を上げた。


「いやだ、いやだぁぁ…」
 ぐだぐだと言いながら、竜馬は自分の意識がどこか別の場所にもう一度存在しているような、奇妙な感覚を感じていた。暗闇に自分がいる。彼はしばらくして、自分が目をつぶっていることに気が付いた。柔らかい布団の上にいる。うつぶせに寝ている。
「う、あ…」
 竜馬は目をあけた。枕元には、彼が中学一年生の時から愛用している、小さな電波時計が置いてある。時間はといえば、目覚ましのアラームが鳴る30分も前だ。左手がベッドからはみ出ているが、ベッドが右側に寄せてあるので、何も触っていない。そこで彼は、自分が夢を見ていたことに気が付いた。
「なんだったんだ…」
 右手の痺れが続いている。夢の中でも感じていた痺れだ。何か右腕に重さを感じる。
「なんだ?」
 顔を右側に向けると、さらさらした髪に顔が当たった。シャンプーの香りが鼻孔を突く。髪の中には、2つの耳が飛び出ていた。
「う、ん…」
 先ほど夢の中で聞いた声を、彼はもう一度聞いた。ベッドの上で、アリサが、竜馬に背を向け、一緒に寝ている。右手が彼女の腰の下に入っているらしく、それが痺れの原因だった。
「こいつ…い、いつの間に…!」
 怒りにまかせて叩き起こそうとしたとき、アリサは寝返りを打った。竜馬の側に顔を向ける。彼女の寝顔は安らかだった。
「う…」
 目の前に寝転がる少女に、竜馬は顔を赤らめた。恥ずかしい欲望が彼をよぎる。アリサは、少なくとも外見は竜馬好みの少女に育っていたし、今は寝ているので何の悪意も感じない。
『だめだ、やめた方がいい…』
 竜馬は右手をそっと引き抜くと、そっと離れようとした。ちょうどそのときだった。
「大好きよ…離さない…」
 小さな寝言をアリサが言った。竜馬はその顔にどきりとした。彼女の夢の中に自分が出ているのだろうか。
「だめよ…ペットのくせに生意気ね…飼い主の言うこと、聞きなさい、竜馬…」
 彼女の続けた言葉を聞き、竜馬は顔が引きつるのを感じた。かわいいと思った自分が情けないと思うと同時に、怒りが復活する。
「人のベッドに入り込んでるんじゃねえ!」
 竜馬はアリサの耳を引っ張ると、中に声をたたき込んだ。
「んわふぅ!?」
 アリサが体をびくりとさせて、目を開けた。相当驚いたらしく、布団から跳ね起きる。毛の色と似ている、クリーム色のぶかぶかパジャマを着ているが、胸の部分だけが窮屈そうだ。
「ああ…おはよう。寝覚めはどう?」
 しばらく寝ぼけた目で竜馬を見ていたアリサが、にっこりと微笑む。
「最悪だよ、最悪…誰かさんのおかげでね…」
 その顔を見て、竜馬は朝から疲れを感じた。


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