忘れられない、大事な思い出。忘れてはいけない、大切な記憶。
 過去は時として枷になり、時として翼になる。流れ、移ろいゆく時間。
 ここにいるのは、遠い未来に思いを馳せ、無限の可能性をしっかり握った少年少女達である。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第二十六話「そして宇宙へ!」



 朝頃には軽く曇っていた空も、昼頃には晴れ渡り、春らしい陽気が東京を包んでいた。3月末、もうそろそろ桜が咲くころだろう。地域によっては、既に咲き乱れているところもあるらしい。この時期、多くの人々が春を謳歌している。ある人は卒業に涙し、ある人は新たな環境に入り込むことに期待を抱く。
 そんな東京の某所にあるファミリーレストランに、5人の男女が集まっていた。彼らは全員、同じ高校の同級生である。窓際の席で、フォークを握っていた少年…錦原竜馬は、切り分けた鶏肉を口に押し込んだ。
「…大体の話は読めた。そうか。アリサちゃん、いたのか」
 向かいに座る大柄な少年が、塩を使うでもなく瓶をくるくると回している。この少年は砂川修平。竜馬のよき理解者であり、いい友人である。残りの3人は女性だ。銀髪の短めの髪をパーマにしている褐色体毛の犬獣人は真優美・マスリ。茶髪をショートボブにした、細身の少女は松葉美華子。狐の耳と尻尾のある、青銀髪ロングヘアのハーフ獣人は汐見恵理香と言った。5人が集まっているのは、共通の友人であり、ここ4日の間、行方がわからなくなっていた獣人少女…アリサ・シュリマナのことでだった。
 事の始まりは、4日前の終業式の日だった。その日、竜馬はアリサから電話を受けた。彼女曰く、盗まれた竜馬の自転車と、盗んだ犯人を見つけたと言う。竜馬は自転車を盗まれ、大変不便な思いをしていたのだが、まさかそれをアリサが見つけてくるとは思わなかった。そして、アリサは「このまま自転車を持って帰る」と言ったのだ。彼女の言うことには、警察に連絡しても自転車が帰ってくるかわからないし、帰ってきたとしても時間がかかる。ならばこの場で、持って帰ってしまおうという話だった。
 驚いた竜馬はそれを拒否。アリサのやっていることは、おおよそ現実的とは言えないし、とても危険だ。それをなんとか理解させようとしたのだが、アリサはへそを曲げて電話をい切ってしまった。そしてその翌日、アリサの母であるパリヴァから、アリサが春休みいっぱいは旅行に行くと連絡してきた、という話を聞いた。
 アリサには電話もメールも届かない様子で、何か事件に巻き込まれたのでは…と心配していた矢先。竜馬、真優美、恵理香の3人が、テレビ番組の背景にアリサが偶然映っていたところを見つける。3人はその場所へ行き、アリサを探すこととした。別れて探索していた3人だったが、竜馬がアリサを発見。そして…
「うん。理由は知らないけど、俺のこととか、学校のこととか、思い出せないんだってさ。困った顔してたら、1人の女の人が来て。アリサを連れていったんだよ」
 辛そうに、竜馬が締めくくった。みんな、昼飯時だというのに、あまり食欲が湧いていない様子だ。特に真優美などは、普段ならば3人前でもぺろりと食べてしまうはずなのに、今日に限ってはメインディッシュを2割程度残している。
「どうして止めなかった?納得行く理由も聞いていないのに」
 かちゃん
 ナイフを置く恵理香。どこか、不機嫌そうに見える。
「俺の知り合いなんです、って言ったけど、人違いで押し切られたし…後を追いかけたら、嫌そうな顔をして、つきまとうようならば警察を呼ぶって…俺だって…」
「…すまん」
 俯いた竜馬に、恵理香が謝った。結局のところ、アリサを心配していなかった友人は、一人もいなかったのだと、竜馬は結論づけた。考えてみれば、普段あれだけ姦しいアリサが、誰にも何も言わずにどこかへ旅行に行くはずがない。自慢話をするか、土産のリクエストを取るくらいはするだろう。何とはなしに、みんな気づいていたのだ。どこかおかしいと。最後にアリサが置かれていたシチュエーションからも、アリサが何かに巻き込まれたのではないかということが、容易に予想された。
「その、連れてった女の人、どんな人だった?」
 美華子が、竜馬と目をあわせず、ジュースを飲む。
「白蛇ってのかな…白い爬虫人で、髪が真っ赤だった。言うのも悔しいけど、すっごい冷淡な人って感じがしたよ」
「ああ、じゃあ、テレビに映っていた人と違うんですね」
「うん、そうだね」
 真優美に口を挟まれ、竜馬が思い返す。確か、アリサが映っていたのは、ラーメン屋。ラーメンを食べるアリサの向かい側には、地球人種の女性が座っていた。竜馬が出会った、赤い髪の爬虫類女性とは違う。情報を統合するに、アリサは複数人の見知らぬ他人と行動をしているらしい。
「…どうしよう。放置しちゃっていいのか?」
 額に手を当てた修平が、深いため息をついた。
「いいわけないでしょ」
 ぶっきらぼうに美華子が答える。恐らく、この場にいるみんなの思考は、同じだろう。
『アリサ…』
 心の中で、名前を呼ぶも、返事が返ってくるはずもなく。竜馬は、軽い頭痛を感じていた。
 この1年間、竜馬の生活には、必ずアリサが食い込んできた。アリサは、竜馬のことが好きでたまらず、将来は結婚するとまで豪語していた。アリサは非常に行動力があり、常に竜馬の近くにいようとしていた。
 彼女は、幼稚園と小学校のころ、同級生だった。竜馬の実家のある石川県。幼稚園の入園式で、竜馬とアリサは始めて出会ったのだ。
 幼稚園児というのは、時に未来を考えずに約束をする。そのとき、竜馬と仲良しになったアリサは、竜馬のお嫁さんになると言った。1年目までは、竜馬もアリサのことを大好きで、仲良しさんとして見ていた。親同士はあまり接点がなかったが、幼稚園の30人ほどのメンバーの中では、2人はいつも一緒にいた。
 ところが、2年目。アリサがどこかから、おかしな知識を得てきたころから、竜馬の悪夢が始まった。アリサの行動は過激になる一方だった。好きな相手を虐めたくなるその気持ちは、この年頃の少年少女には付き物なのだろう。しかし、アリサはそれでもひどすぎた。
 だんだんと、竜馬はアリサのことが嫌いになりはじめた。大好きなはずなのに、なぜ痛い目に遭わせたがるのか。大好きなはずなのに、なぜこんなにも苦しめられなければならないのか。理解に苦しんだ。そのうち、竜馬は完璧にアリサのことを嫌い、彼女と一緒にいたいという気持ちは針の穴に溜まった水ほどもなくなった。
 それからの日々は、あまり思い出したくない。同じ小学校に通うと決まった日には、泣きそうになった。小学校に進学した当初は、アリサがおとなしくなるかと思ったが、それは大きな間違いだった。
 特に印象に残っているのが、用水路事件だ。竜馬は無理矢理に裸にされ、「アリサが好きだ」と言わないと、用水路に突き落とすと言われたのだ。用水路自体は、水もそれほど深くはなく、流れだってそんなに早くはない。だが、小学生の彼には、それは奈落の縁にも見えた。結局竜馬は、アリサの要求を拒否し、本当に落とされることとなった。
 小学2年生。このとき、竜馬の人生に転機が訪れる。アリサが石川から東京に引っ越すことが決まったのだ。竜馬は心の底で、ざまあみろと思ったが、アリサの顔を見てその気持ちは半分消えた。アリサは泣いていた。傲慢で強くて竜馬に暴力を振るうアリサが、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっている。普段のアリサとは違う、別の少女がそこにいた。竜馬は、彼女に何か言おうとしたが、何も言えなかった。連られて泣く竜馬を見て、大人達は2人がとても仲良しだったと口々に言ったが、それは誤解である。2重の意味で、竜馬は泣くこととなった。
『…あれ?』
 大事な事を、忘れている気がする。このとき、何か言葉を交わしたような。アリサと一緒に泣いていたところまでは覚えているが、その先を思い出せない。
『なん、だっけか…』
 昔のことだ。それも、記憶の海の、奥深くに沈んでいるものは、思い出そうとしても簡単には思い出せない。あのとき、アリサは…
「…君…竜馬君?」
 真優美の呼び声で、竜馬は現実に引き戻された。真優美が、不安いっぱいの顔で、竜馬を見ている。
「あ、ああ。ごめん。ちょっと、考え事。何?」
 鉄板の上のローストポテトを口に放り込み、竜馬が返事をした。
「だから、もう少しこの辺を探してみようって。いい?」
 最後に残ったメインのステーキを、美華子が無理に頬張った。
「俺、もうちょっと北上してみるわ」
「私は近くのホテルへ行ってみる。もしかすると、アリサがここに宿を取っているかも知れないからな」
 思い思いの事を言って、友人達が立ち上がる。なぜだかわからない頭痛を感じながら、竜馬は精算を行うべく、ポケットの財布に手を伸ばした。


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