1時間半後、竜馬は紆余曲折を経て、品川の駅へやってきた。普段来ることのない街。竜馬の住む、東京の西の端から、はるばる海へとやってきた。来る途中で、真優美と恵理香と離ればなれになってしまったことで、竜馬は心細さを感じた。修平も美華子も、メールの返事を送ってこない。忙しいのだろうか。
「うわ…」
駅前はかなりにぎわっていた。落ち着いた感じを受ける建物が多く、ビルが建ち並んでいる。有名な橋が北に、有名な空港が南にあるということだ。
曰く、獣人や爬虫人などの存在が地球に来て間もない頃。日本初の、スペースワイド宇宙船港を作ろうという話が出た。そのとき、近くにある空港に降りる飛行機の関係で、背の押さえられたそれほど高くないビルが建ち並ぶここは、一番の候補地になったそうだ。
結局、土地の問題で宇宙港は作られなかったが、海が近くて水上着地型の宇宙船が降りるにはちょうどいい場所ということで、沖に浮島が作られて小サイズの宇宙港が数カ所出来た。東京湾を行く船の20パーセントが、沖で着水してこちらに停留する宇宙船だという話だ。あちこちに、旅客会社や運送会社所有の、小規模な駐機場がある。
が、しかし。竜馬は運送関係の人間でも旅行関係の人間でもなく、そんなことは今は問題にしていない。今、一番の問題はアリサだ。
『どこから探すか…』
携帯電話を開いて時刻を確認すると、真優美からメールが入っていた。どうやら、あのラーメン屋は駅から東方向らしい。賑わった街とは反対側、ビルの建ち並ぶ方へと、竜馬は歩き出した。
「本当に、こんなところにアリサがいるのか…?」
駅を抜け、反対方向を歩く竜馬。近くに見えるビルは、大企業のビルだと言うことを聞いたことがある。繁華街ならまだしも、こんな遊び場もないところに、アリサがいるとは思えない。大きい道を通っていても仕方がないと、竜馬は脇道に入った。とたんに、広かった道が狭くなる。
しばらくして、竜馬はある店の前で立ち止まった。奥まったところにあるラーメン屋。醤油のいい匂いが立ちこめ、かちゃかちゃと食器のぶつかる音が響く。中は、昼飯時ということで、客でごった返している。さっきテレビで見たラーメン屋だ。内装も、店員の顔も、テレビと同じ、ここで間違いないらしい。しかし、アリサの座っていたと思われる席は既に空いていたし、真優美も恵理香もここにはいない。しょうがなく、竜馬は店の前を通り過ぎた。
思えば、ホットケーキを食べそびれたのだ。そんなにひどくはないが、軽く腹が空いている。ラーメンを1杯食べるほどでもないが、せっかくここまで来たのだから、店に寄るのもありだったかと竜馬は思った。が、アリサを探すことが先決だと、振り返ろうとする自分を止めた。
『…なんでだろうな』
なぜ、自分がここにいるのか。答え、アリサが心配だったから。今になって考えれば、彼女だってそろそろ高校2年になる女の子だ。未成年とは言え、自己判断がしっかり出来るようになる年頃、ふらっと旅行に行っても心配はないのかも知れない。しかし、現実には心配をしている自分がいる。やはり、アリサのことが…
「…?」
真っ直ぐにのびた道の向こう側。200メートルほど向こうの十字路を、長い金髪の獣人少女が横切った。今探している少女。そう、アリサの姿がそこにあった。
「…アリサー!」
恥も外聞も捨てて、竜馬は大声でアリサを呼んだ。アリサはちらと竜馬を見たが、彼を無視して歩いていった。考えるより先に、竜馬の足が動いた。早足がダッシュになり、全力でアリサを追いかける。アリサが曲がった角を曲がり、道を歩いているアリサの背中を追いかけた。
「おい、アリサ!待ってくれ!」
アリサの背中がぐんぐん近くなる。とうとうアリサに追いついた竜馬は、アリサの肩に手を置いた。
「きゃあ!」
アリサが黄色い声をあげて、竜馬の方を振り向いた。
「はっ、はっ、アリサ、お前、旅行に、行ったんじゃ、なかったのか?」
こうして出会えたということは、アリサは無事だったということだろう。緊張がほぐれ、竜馬は膝をつきそうになった。息を深く吸った竜馬が、アリサの顔を間近に見る。
『あれ?』
一瞬竜馬は、アリサではない他の少女ではないかと思った。漂う雰囲気が違う。見た目はアリサそのものだし、声だってアリサだった。だが、まるで別人のような顔をしているように感じられた。例えるならば、入れ物だけ同じで、魂が違うかのような。そのアリサは、少し怯えた顔をして、竜馬のことをじろじろ睨んでいた。
「どこ行ってたんだ?そんな服着ちゃって、別人かと思ったよ。偶然テレビにお前が映ったから、探しに来たんだ。電話も出ないしさ」
話を続ける竜馬。喉が乾いて、声が上手く出ない。唾を飲み込んで、竜馬がふらついた足を押さえた。
「…え?」
腑に落ちないといった態度を取るアリサ。竜馬の中に、小さな怒りが沸き上がる。前と同じだ。心配させるだけさせておいて…
「え、ってなんだよ。心配したんだぞ?ったく。自転車うんぬんとか言う話の時に、なんかに巻き込まれたのかとか考えたしさ。勝手に旅行なんか行くから…」
ぐいと、竜馬がアリサの腕を引っ張った。アリサはそれが不快だったらしく、竜馬の手を払いのけた。
「誰?」
竜馬のことを、知らないふりをするアリサ。ますます、竜馬はむかっとした。
「お前、普段あんだけつきまとってたくせに、知らないふりか?アリサ・シュリマナさん?」
「私はアリサだけど…つきまとってたって…何それ。本当の話?」
「白々しい態度取るのはやめろよ。こんなに心配したのによ。まあ、心配する方がお節介だって言われたら、それまでだけど…」
竜馬の言葉が、尻窄みになった。何か、おかしい。アリサが嘘をついているようには見えない。竜馬の認識と、アリサの認識に、溝があるようだ。ついこの間読んだ、ドッペルゲンガーの話を、竜馬は思いだした。
「アリサ、だよな?天馬高校の1年生の…」
不安になった竜馬が、アリサに聞いた。
「てんま…」
それすらも知らない様子だ。1年間通った学校名を、忘れるとは思いづらい。
「えーと、名前と年、教えてくれないかな。俺、錦原竜馬ってんだけど…もしかしたら、人違いをしてるかもしれん」
ばりばりと、竜馬が頭を掻く。低い確率ではあるが、見た目がそっくりで、なおかつ名前も同じ人間がいても、おかしくはないだろう。
「アリサ・シュリマナ…16歳…竜馬…りょうま…」
ふらふらっと、アリサが足をふらつかせた。彼女のポケットから、何かが落ちる。竜馬はそれを拾い上げて、アリサに渡そうとして、手を止めた。茶色い合成皮製の、マイナーなブランドの財布…これはアリサの財布だ。もしや、と思って財布を開く。身分証、ポイントカード、レシート、そんな中に、竜馬の写真があった。
「やっぱり、俺の知ってるアリサなんじゃないか。お前、どうした?」
財布を渡す竜馬。アリサは、財布の写真と、竜馬の顔を、何度も見比べている。竜馬は、ようやく心の底から安堵した。やっぱりアリサで間違いなかったようだ。
「おおかた、寝ぼけてるんだろ?まったく、冗談きついぜ。ともあれ…」
「ごめん…」
竜馬が話を始めようとしたのを、アリサが遮った。深刻な顔をしているアリサ。嫌な予感がして、竜馬が黙り込む。
「…私、あなたが思い出せない」
竜馬の背中を、冷たい物が走り抜けた。直立したままのアリサの目から、涙が一筋流れ、頬の毛に染み込んでいった。
(続く)
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