これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
 日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
 そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第二十四話「食べ物コンプレックス!」



 犬獣人の少女、アリサ・シュリマナは、友人とファミリーレストランでくつろいでいた。クリーム色の毛並みは美しく、ロングブロンドの髪はまるで金の川のようだ。つんと尖った耳の先が、うっすらと黒い。隣の窓側には、人間少年の錦原竜馬が座っている。向かい側には、銀色ロングヘアで、ハーフ狐獣人の恵理香と、体格がよくて背の高い人間少年の砂川修平がいた。
「ひどかったのよ。駅前のゲーセン、ごっそり自転車なくなってたもん」
 アリサが声のトーンを上げて話をする。目の前には、バナナパフェのカップが置かれている。話の途中、時折スプーンでパフェを掬っては、口の中に入れる。とろっとしたクリームの匂いが鼻に抜け、アリサは至福を感じた。
「駅の辺りか?最近、治安悪いからなー」
 竜馬が食後のコーヒーを飲みながら、アリサの言葉に相づちを打つ。
「駅とは反対だけど、出たという話を聞いたことがあるな。私の自転車も一度被害に遭った。帰ってこなかったよ」
 恵理香が腕を組み、難しい顔をした。今、彼らが話しているのは、最近出ているという窃盗集団のことだ。アリサ達が住んでいるのは、東京都でも外れにあたり、治安は比較的よいはずだった。ところが昨年の暮れから、放置自転車やスクーターなどが、ごっそりなくなるという事件が起きている。撤去している場面を見ている人間はおらず、被害者だけが増えているという話だ。アリサ達の通う天馬高校でも、ついこの間注意を促す全校集会があったばかりだった。
「俺、スクーター買ったばっかなのに、盗まれたりしたらやだな…出来るだけ乗り控えるわ。せっかく買った新品だしなあ…」
 考え込む修平。彼がスクーターを手に入れたのはつい2週間ほど前のことだ。修平はみんなが知らないうちに免許を取って、スクーターを手に入れていた。その代金は、バイトをして貯めたものだという。うらやましくなったアリサは、自分も小遣いを貯めて、スクーターの免許を取ろうかと思ったくらいだ。
「スクーターの他に、自動販売機なども盗まれているそうだぞ。あんな重い物、どうやって移動するのか、わからないな」
 いかにも、けしからんといった風情で、恵理香が語気を荒げた。
「きゃぁん、怖いよう〜」
 わざとらしく叫んだアリサが、竜馬の腕にぎゅっと抱きついた。
「お前、抱きつくなよ」
「何よー。お友達としてよ。ハグとかしないの?」
 呆れた表情の竜馬に、アリサが反論をした。アリサは、竜馬のことが、とても好きだ。非常に激しい恋愛感情は、竜馬に対して何度もアタックをかけさせたが、竜馬はアリサのその恋愛感情がうっとおしいようで、たびたび理由をつけて断られた。そして今年の始め。小さな事件があり、アリサと竜馬は無理な恋人から友人にまで関係を戻した。
 面白いもので、友人に戻ったとたん、竜馬はアリサに今までより若干優しく接するようになった。その優しさが、嬉しくて嬉しくて仕方がないアリサは、また恋愛感情をおおっぴらにし始めたのだが、それを竜馬はよしとしていなかった。
「友人関係からのハグには見えないな。押し掛け女房もいいところだ」
 恵理香が何か皮肉を言っているが、聞こえないふりをするアリサ。いつも、恵理香と言い合いになるのは、アリサの行動が気に入らない恵理香の知的ぶった皮肉が原因だ。本人はそのつもりはないのだろうが、アリサとしてはむっとすることもある。それを除けば、恵理香はこれ以上なく波長の合う友人なのだが。
「もう、竜馬は奥手なんだから〜。早くお友達以上になれるといいね?くふふ」
 ぎゅううう
 竜馬の手に、胸と腹を押しつけるアリサ。振り払われることを覚悟はしているが、少しでもくっついていたい。が、竜馬は予想とは違い、微妙な表情で、アリサの方に向き直った。
「なに?」
 嫌な予感を感じたアリサが、竜馬のことを見つめる。
「アリサ。ちょっと、いいか?」
「え?」
 きゅう
 アリサの着ている制服の袖を、竜馬がまくり上げた。ふわふわの毛並みが美しい腕が露出される。竜馬はその腕を両手で掴み、軽くねじった。
「どうしたの?今日は積極的ね。まさか…」
 顔を赤くするアリサ。竜馬の意図はわからないが、彼の手が自分の体を触っている。それだけで、十分幸せだ。この時間がもうちょっとだけ続けば…
「えーと、こんなこと、言っていいのかわからんけど…」
「何?気兼ねせず言って?」
 微妙な表情を崩さない竜馬に、アリサは機嫌良く返事をした。
「お前、太ったよな?」
「…え?」
 その一言は衝撃的だった。何も考えずパフェを食べていた少女の心に、工事用のパイルバンカーで殴ったかのような衝撃が走る。
「な、なな、何言ってるのよう。いきなり。失礼よ?もう、女の子の体っていうのは、柔らかいものなのよ?」
 アリサが慌ててフォローをした。しかし、その口は上手く言葉を紡ぐことが出来ず、体は焦りのためか小さく震えていた。
「おい、竜馬。そういうこと言うか?」
「私には太ったようには見えないが…」
 修平と恵理香が、眉毛をハの字にして、竜馬に苦言を呈す。
「すまん。でも、気になって…アリサ、ごめんな」
 素直に謝る竜馬。まだ、冗談の流れで流れれば、アリサの心も傷つかなかったかもしれない。しかし、この場にいる3人は、みんな真面目な顔をしていた。
「な、なによ。やーね、みんなったら…そんなに私、太ったかな?」
 アリサが順々に顔を見ていく。
「うーん。俺は、ちょっと、思ったかな。お前が抱きついたときの感触が、前より柔らかいんだよな」
 竜馬が、深刻そうな顔をして言った。もしマンガの住人ならば、ガーン!という音が、アリサの耳に響いただろう。それぐらいのショックが、再びアリサを襲った。
『は、嘘でしょ?何言ってるの?マジで?意味わかんない…』
 たくさんの言葉が、アリサの脳裏に浮かぶが、それが口を突いて出ない。周りの自分を見る目が、今のアリサの状況を物語っていた。試しに、二の腕を掴んでみる。
 ふに…
 半年前までならば、軽く筋肉のついていたその腕が、今ではただの柔らかな固まりと化していた。
「あ…」
 ずぅん、とアリサが落ち込んだ。空になったパフェカップを恨めしそうに見つめるが、食べたものはもうどうしようもない。
「そ、そんなに落ち込まないでくれよ。注意して見ないと気にならないレベルだぜ?」
 慌てて修平がフォローを入れる。
「そ、そうだな。注意して見ても気づかないよ。ほら、私だって、ハンバーグなど食べているぞ。狐なのにハンバーグステーキ、なんて…」
 恵理香も、意味のわからない洒落を言って、アリサを元気づけようとしている。
「…やーね!気にするわけないじゃない。女の子の体は、柔らかいものよ?」
 ここで落ち込んだ顔をしていると、さらにダメージが大きくなると感じたアリサは、わざと明るく振る舞った。
「そうだよな。うん。そうだと思うよ」
 微妙な顔をして、竜馬が同意した。
「あははは」
 アリサが笑う。竜馬の顔の裏に、どんな考えがあるのか、アリサにはすぐにわかったが、あえてそれを無視した。


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