これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
 日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
 そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第二十二話「甘いけど苦い!」



 大都会、東京。その片隅にひっそりと存在する、私立天馬高等学校。この学校は今、ある噂で持ちきりだった。この学校から一人、異星に転校する生徒が出たという。獣人、爬虫人、そして地球人。この3種類の人種は、6つの惑星に渡って、大きな同盟を結んでいる。地球に来てからまだ四半世紀も経っていないのに、地球の各地では獣人や爬虫人を見ることが出来る。それだけ、その同盟は、融和性と有効性が高かったのだ。地球に来るだけではなく、地球から外に出る例も、もちろん出る。
 その本人は、親の都合で異星に行くという話をしていた。本人のみで外に行くわけではないが、非日常的で大事であることに変わりはない。2月の夕空の下、帰り道を歩きながら、虚空を見つめている半獣人少女、汐見恵理香も、その噂を聞いて色めき立つ生徒の一人だった。
「異星に留学出来るなんて、うらやましい話だよ」
 恵理香は銀髪ミドルで狐耳尻尾、大衆演劇役者を片手に高校に通う和風少女だ。家に帰る帰り道、恵理香は他のクラスメートと話していた。その場にいるのは、犬獣人少女のアリサ・シュリマナと、地球人の少年、錦原竜馬だ。アリサは金髪ロングヘア、クリーム色の体毛をしていて、竜馬に強く惚れている。竜馬は細身の体に普通程度の身長で、元は剣道をしていたそうだ。2人とも、恵理香ととても仲のいいクラスメートだった。
「すごいよねー。うらやましくなっちゃう」
 アリサがくふふと笑う。以前まで、彼女は竜馬に対して、強い愛情を隠そうとすらしなかった。恋人だと言ってはばからず、竜馬に抱きついたりすり寄ったりしていた。また、竜馬が地方から出てきていて、姉とアパートで2人暮らしをしていることをいいことに、泊まったり竜馬のベッドに潜り込んだりもしていた。しかし、ある時を境に、竜馬とアリサは「無理矢理な恋人」から「友達」に戻ったという話を聞いた。それまで、アリサが竜馬にまとわりつくのを、眉根をしかめて見ていた恵理香だったが、最近の2人はあまりにも関係が良好になっているため、拍子抜けしてしまった。
「2年生の先輩だったな、確か。行く先がどんなところか、きっと不安であり、楽しみなのだろうな」
 途中で買った鯛焼きを食べながら、恵理香が口を開いた。彼女は元は、ランクの低い高校の生徒だった。それが、前年の夏、竜馬達に出会ったことをきっかけに、この高校に編入した。あまり勉強が出来る方でもないが、仲のいい友人の助けなどもあり、今まで赤点を取ることもなく進んできていた。
「どれくらいで地球に帰ってくるんだっけ?」
「こちらの時間で2年半だそうだ。その間、楽しい思いをしてくれるよう、願うよ」
「いいな〜。ああ、私も獣人に生まれたんだから、余所行きたいなあ」
 アリサが楽しそうに笑う。恵理香も、それと一緒に笑った。
「俺は留学生より、自分の財布が心配だわ…」
 はあ、と竜馬はため息をついた。この少年は、実家からの仕送りで生活をしている。月にもよるが、物を買いすぎたり贅沢をしすぎたりで、うっかり貧乏生活を送るはめになることもある。今日も竜馬は、ほぼ米だけの質素な弁当を食べていた。
「はは。竜馬だって、外から留学生が来るときには期待するんじゃないのか?」
「今はそれより飯だわよ。あー、くそ。姉貴があんなに金使わなきゃ…」
 からかい口調の恵理香の言葉を流して、竜馬が肩を落とした。
「大変ねえ…ね、ご飯作りに行ってあげようか?」
 アリサが小さく伸びをして、竜馬に微笑みかけた。
「ありがたいが、今は遠慮しよう。あの姉貴、今晩に宛があるとか言ってたからな。きっと美味い物が来るに違いないぜ」
「えー?大丈夫なの?」
「大丈夫だ。ま、本当に困ったら、そんときこそ誰かに頼るさ」
 心配そうな顔をするアリサに、竜馬が気楽な返事をした。一度だけだが、恵理香も困りきった竜馬の話を聞いたことがある。そのときは、まだアリサは竜馬に大して、押し掛け女房の姿勢を取っていたときだった。アリサは、金銭的に困り果てていた竜馬に、金銭を融通する代わりに一日彼氏でいて欲しいと言ったそうだ。竜馬はやむなくそれを容認。その日一日は大変だったらしいことを、別の友人から聞いたが、恵理香自身はその場面にいなかったのでどう大変だったのかは知らない。ただ、その次の日にあった竜馬が、異様にやつれていたことだけは覚えていた。
「…と、私はこっちだ。ここでお別れだな」
 恵理香が十字路で足を止めた。先を行くアリサと竜馬が振り向く。
「うん。また明日ね〜」
「じゃあな」
 竜馬とアリサが軽く手を振る。2人が歩き出したのを確認してから、恵理香は自分の家への道へと歩き始めた。以前は、アリサと竜馬が2人きりになる場面など、あまり見られなかった。アリサは竜馬の都合を考えずに愛を押しつけていたし、竜馬もシャイな態度でアリサを頑なに拒んでいたからだ。竜馬は意図的にアリサから遠ざかろうとしたし、アリサは無理にでも竜馬とくっつこうとしていた。それが、2人の間で何かがあったらしく、今では清く正しい友好関係を築いている。あれだけじゃじゃ馬だったアリサが、ここまでおとなしくなるとは、半年の付き合いがある恵理香も予想すらしていなかった。


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