これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。
おーばー・ざ・ぺがさす
第二十話「鳴り響く新しい一歩」
錦原竜馬は、車の後部座席でぼんやりと窓の外を見ていた。地球人で高校1年生のこの少年は、東京の高校へ通い、姉である清香と一緒に暮らしている。今、彼が乗っている車は、高速道路で一路北へと向かっている。今日は12月30日。仕事納めになった彼の父が、車で彼と清香を迎えに来ていた。この車が向かうのは北国、石川県…彼らの実家だ。母、妹、そして祖父が待つ家に帰ると思うと、竜馬は少し楽しみで、少し気が重かった。
「竜馬も清香も元気そうでよかったよ。仕送りが少ないことはないか?」
運転席でハンドルを握る、眼鏡をして痩せた男性が、助手席の清香をちらりと見た。彼が2人の父親、錦原和馬だ。見た目には、竜馬が年を取ったような、まさにそっくりな姿をしている。
「大丈夫だよ。もう少し多かったら、助かるには助かるけど…」
窓の外を見たまま、竜馬が答える。今乗っているのは、安価な軽4車両だが、高速に乗るには十分だ。和馬も、この軽4車両のように、控えめな人間だった。竜馬達の母である燕は、その控えめなところに惚れたのだと言う。
「そうか。それならいいんだ。父さんはもう少し増やした方がいいと思うんだが、母さんがそうも思わないらしくて…」
父の長い話が始まった。彼も久々に、息子と娘にあえて嬉しいのだろうが、帰り着くまでずっと話を聞かされると思うと、竜馬は少しうんざりだった。
「…でね。国道沿いに出来た、その新しい電気屋が安いんだ。そろそろうちも、冷蔵庫が壊れそうだし、新しいものを買おうかとね…」
和馬は、それを知ってか知らずか、べらべらと話を続ける。彼の話は、尽きることがない。東京のアパートを出てから、既に1時間が経っているが、和馬は話をやめることはなかった。
「父さん。もう静かにしてなって。姉貴、寝てるぞ」
竜馬が突っ慳貪に話を打ち切った。助手席の清香は、窓に額を押しつけ、寝息を立てている。実家に持って帰る荷物を作るのや、学校関係の用事を終わらせるのに奔走したせいで、疲れていたのだろう。
「ん、そうだな。じゃあ、次のサービスエリアに入ろう。竜馬も何か、簡単に食べられる物を買うといいよ」
次のサービスエリアまで、残り1キロメートルだという看板が見える。程なくして、車は左側に入り込んだ。それなりに大きなサービスエリアの、施設から少し遠めのところに車が停止した。
「着いた。あー、疲れた。長距離運転は堪えるな」
和馬が外に出て、体を大きく伸ばした。12月にしては晴れ渡った空。日差しは暖かいが、その分風が強い。車の暖房のせいで脱いだコートを、竜馬が着直した。
「わざわざ迎えに来てもらって、ごめんな。父さんだって、昨日仕事納めだろ?」
車のドアに背を預け、竜馬があくびをする。
「いいんだよ。何より、爺ちゃんが行けってうるさくてね」
「爺ちゃんか…」
和馬の言葉に、竜馬がげんなりとした表情を見せる。竜馬の父方の祖父、錦原真一は、台風か竜巻のような老人だ。錦原家に同居しており、普段は静かな彼だが、つまらないことに頑固になる。竜馬が家を出る前に、最後に怒っていたのは、大豆と小豆は大して大きさも変わらないのに差別されているという、意味不明なものだった。彼もまた、竜馬同様、妹の百合子のことが苦手だった。
この祖父は、竜馬が中学のころ、剣道をしていたことが気に入らなかった。普段は特にケンカもないのだが、剣道のこととなると怒り始める。竜馬も半分意地になって、剣道を続けていたが、今は剣道のけの字すらないところにいることを祖父が知ったらどんな顔をするだろうと、悔しい思いがした。
「それより、パンでも買おうか。後もう少し、高速に乗ってないといけないからね」
和馬が足を踏み出した、ちょうどその時。
バンッ!
車のトランクが開いた。竜馬と和馬が、びくりと体を震わせる。
「ん〜?着いた?」
顔を出したのは、ロングヘアーで金髪、体毛がクリーム色をした、犬獣人の少女だった。
「あ、アリサ!?なんでお前がここに!」
竜馬が顔を真っ青にした。目の前にいるこの少女。名を、アリサ・シュリマナと言う。竜馬に惚れて惚れて惚れまくっている少女で、高校のクラスメートでもあるのだが、なぜここにアリサがいるか、竜馬には理解出来なかった。
「え?だって、実家帰るんでしょ?」
「俺がな。お前にはまったく関係ないだろうが」
「あるわよ〜。将来、結婚するんだから、親族への挨拶は先にしておかないと〜」
ぱったぱったと尻尾を振り、アリサが靴を取り出した。彼女のあまりにおかしな返答に、竜馬は頭痛を覚えた。彼女の常識は、やはりどこかずれている。竜馬は幼い頃、アリサにいじめられていたせいで、彼女にいい感情を抱いていない。最近ではだいぶマシにはなったが、それでもアリサと完璧にうち解けることはなかった。
「あ、高速のサービスエリアなのね。お腹空いちゃった。食べるもの買ってくるわ〜」
和馬など眼中にないかのように、アリサが歩き去った。彼女は和馬が、竜馬の父であることに気がつかなかったのだろう。もし知っていたとしたら、にこにこしながら早口で、自分がどれだけ竜馬を愛しているかを捲し立てたことだろう。
「…竜馬。彼女を作るのが悪いとは言わないけどね、連れてくるなんて、お父さんは聞いてなかったぞ」
和馬がぽんぽんと竜馬の頭に手を置いた。
「俺だって今初めて知ったよ…」
竜馬が頭を抱える。実家にいる間は、平和に暮らすことが出来ると思っていたが、どうやらそれも潰れてしまうようだ。おおかた、今は助手席で寝ている清香と、前もって共謀したのだろう。この正月のことを想像した竜馬は、呆れを通り越してあきらめの境地に至った。
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