2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
 そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
 そして2045年。地球は変わる。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第一話「再会は悪夢と共に」



 朝は一日の始まりである。人間が生きていく上で、なくてはならないものの一つに、必ず入るだろう。特に春、それも晴れた日の早朝の空気は、人をすがすがしい気分にさせ、今日一日を生きる力を与えてくれる。だが、彼…今日から普通の高校生活を迎えようとしている「彼」には、そのすがすがしい気分は訪れなかった。
「わかれたぁ〜にょうぼをぉ〜なみだでむかえぇ〜」
 トントントントン
 まな板の上を包丁が踊るように動いている。まな板の上に乗っていたほうれん草が一口サイズに刻まれていく。包丁を持っているのは、女性だ。背中半分程度のロングヘアーで、肌の白い、なかなかの美人である。着ているのは浴衣のような寝間着で、足下が大きく開いている。
 あたりを見回してみると、狭い部屋に、これもまた狭い台所。部屋の広さは六畳程度だろうか。部屋から台所に向かって、台所右側には玄関、左側には風呂とトイレのドアがついている。流し台の隣に冷蔵庫、その隣にはレンジや電子ジャーが置いてある棚が、今にも壊れそうなその姿をさらしている。部屋にはふすまが両隣に、後ろに窓がついている。壁に掛かっているカレンダーは4月になっており、刀を差した侍の姿がプリントされている。テレビやゲーム機などが置かれ、テレビの上には招き猫。部屋の真ん中には、ちゃぶ台より少し大きい丸テーブル。典型的な、日本の部屋がそこには広がっていた。窓から外を見れば、ここが2階であることがわかる。
「みしらぬぅ〜ひとがぁ〜ゆびをぉさぁすぅ〜」
 ほうれん草を鍋に入れ、コンロに火をつけた彼女は、タバコを取り出すとコンロの火で火をつけた。白い煙がふわっと広がり、換気扇に吸い込まれる。
「姉ちゃん、そのわけのわからん演歌、やめてくれんか?遅寝もできねえよ」
 部屋右側のふすまが開き、頭がぼさぼさした青年が顔を見せる。パジャマ姿の彼は、女性がタバコを吸っているのを見て、顔をしかめた。
「あとタバコ。飯に入るだろ。頼むからやめてくれよ、ったく」
 青年の、いかにも呆れた声にむっとした顔をする女性。タバコの煙を大きく肺に吸い込み、ふうと青年に向かって吹きかけた。
「あたしはこれがないと気ぃ入んないの。それにあんた、今日から高校だろ?遅寝だとか馬鹿なこと言ってないで着替えて来なさい」
「いけね、忘れてたわ」
 青年の顔が引っ込み、30秒ほどしてから再度出てくる。今度はパジャマ姿ではなく、学生服姿だ。それも真新しいブレザーにネクタイ。着慣れていないのが、彼の挙動を見てみればわかる。
「ほら、飯食いなさい。初日から遅れたら馬鹿にされるよ」
 雑巾で拭かれた木製の丸テーブルに、茶碗に盛られたご飯、お椀に入ったみそ汁などが並べられる。
 青年の名前は錦原竜馬。台所に立つ女性は、彼の姉で、名を清香と言う。竜馬の年齢は15、清香は19である。
 ここは日本の首都、東京の片隅、とある安アパートだ。竜馬の両親は清香が東京の大学へ行くと言っても、驚きはしなかった。だが、竜馬が東京の高校に行きたいと言ったときには驚いた。竜馬は家から出たくて仕方がなかった。というのも、彼にいる妹は今年で中学生になるのだが、なにかにつけて竜馬と喧嘩をして、うんざりしていたからだ。
 そこで両親は、清香の下宿先であるアパートに目をつけた。3Kの広さ、六畳三間のアパートに、竜馬を送りこむことにしたのである。もちろん、清香、竜馬の両者から反対は来たが、それが両親に通じるはずもなく、竜馬はアパートを基準に高校を決めることになった。今日がその初日、始業式のある4月3日だ。
「姉貴、大学は?」
 竜馬が飯を食いながら清香に聞く。
「今日は2限から履修のガイダンス。帰りは5時ごろになる予定だから、よろしく」
「わかったわかった。また部活ね」
 皮肉を込めたイントネーションで竜馬が言うが、清香にはわからなかったようだ。相変わらずタバコをふかしている。彼女の部活は時代考証部という、日本の古き文化を考察する部活なのだが、その実は時代劇を行ったり歌舞伎の公演を見に行ったりするという、よくわからない部活だ。竜馬には、彼女の考えのほとんどが理解できない。
 ゴオオオオオオ
 唐突に外に大きな音が響く。竜馬がみそ汁を啜りながら空を見れば、ちょうど巨大な「船」が降りてくる最中だった。
 時は2020年夏。宇宙からやってきた巨大な宇宙船に、地球の人民は戦慄した。さながらSF映画のようにやってきたそれは、地球を侵略し、奴隷化しようとしているかのように、人々の目には映った。しかし、その宇宙船は地球を侵略しに来たわけでも、破壊しに来たわけでもなかった。彼らは宇宙の連邦から遣わされてきた使者だったのだ。
 すでに地球に数々のエージェントを送っていた宇宙連邦は、地球が宇宙連邦に加盟してもいい頃合いだと考え、使者を送ってきたらしい。すぐさま様々な国で会議が行われ、宇宙人とのコンタクトについて、様々な意見が交わされた。三日経ち、一週間経ち、使者が飽きて地球観光をしている間にも、地球人の会議は続けられた。そして出た結果は
「地球は喜んで宇宙連邦への加盟をします」
 とのことだった。使者は大層喜び、地球は五つの惑星から成る宇宙連邦へと加盟した。
 当初は様々な問題が起こったが、それらの約八割方も解決した。それも双方の理解へと向けた様々な努力の結果だろう。そして、2045年春の、現在に至る。
「じゃあ行ってくるわ」
「ん。初日からバカするなよ」
 竜馬は食べ終わった食器を流し台に置き、靴を履いた。外に出ると、春の空気が風となって竜馬の周りを吹き抜ける。ここに来てから一週間ほどしか経っていない竜馬だが、高校へ行く道はわかる。自転車で十分程度だ。階段を下り、自転車置き場に出た竜馬は、自分の自転車の鍵をはずした。自転車置き場はアパートの前に、道はアパートの両サイドにあり、自転車置き場と反対側には駐車スペースがある。このアパートは二階建て、部屋数は一階と二階をあわせて八部屋ある。竜馬の部屋は階段を昇って、一番奥の部屋だ。道に面している側には、大きく「グリーンハイツ」と書かれているが、グリーンなのにアパートの色は白色である。
 と、唐突に前の道を、一台の自転車が走り抜けた。乗っていたのは、ロングヘアーの少女。しかも、地球人ではない。肉食動物を先祖に持ち、進化を続けてきた星系の異星人だ。体毛があり、頭髪など一部の毛が人間と同じように伸び、肉食系動物の顔をしている。どちらかと言えば犬に近いが、いろいろなものが混ざっているようで、当人達の遺伝子学でもまだ解明が進んでいない部分が多い。着ていた制服が、竜馬と同じ高校の制服だったので、竜馬は一瞬目を奪われた。
 連邦に加盟した惑星は、地球を含めると6つだ。その惑星は大雑把に3つの体系にわけられる。地球人のような人間体系、今の少女のような獣人体系、最後に爬虫類のような爬虫人体系。それぞれ、2対3対1の割合で存在しており、獣人がかなり多い。獣人は、犬や猫、兎、羊、様々な「人種」がいる。
『同じ学校か?』
 自転車にまたがり、後を追おうと道に出る。どこにもいない。今目の前を通っていった少女は影も形もない。真っ直ぐ道を行かなければ、学校にはつけないはずなので、何か見間違いをしたのかも知れない。
「なんだったんだろうなー」
 ぶつぶつとつぶやきながら自転車を走らせる竜馬。高校は近く見えるが、意外と遠い。というのも回り道をしなければいけないからで、真っ直ぐに行けるならば、かなり近いはずなのだが。ふと腕時計を見れば、すでに予定している時間がかなり過ぎている。
「やばい、これはやばい!」
 竜馬は遅刻しないよう、急いで自転車のペダルを踏んだ。


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