「だ、誰か、助けてくれえ…う、あ、ああ!ああ…」
「く、来るよ…女子高生が来るよ…やめてくれよぉぉ…」
 パトカーの中で、2人の男が、ぶつぶつとうわごとを言っている。アリサが車のフロントガラスを破壊した場所で、車はガードレールに突っ込んで停車した。そこから、警察が来るまでの間、アリサは説明するのも恐ろしいほどのことを平井と黒島に行っていた。今は、ホテルまで戻されていて、一同は簡単な聴取を受けた。コンテストを途中で抜け出したアリサが、それを謝りに行ってる他は、みんな揃っている。
 2人は、何も知らない少女の写真集を作り、それをインターネット上で販売することで利益を得ていた。問題は、少女が拒否を明確にしても、それを許さなかったことだ。被害に遭った人数は、優に40人は超えるという。
「それじゃあ、また何かあったら連絡しますので…マスリさんには聞くこともあるでしょう。今日はだいぶ、疲れておられるようだから、また後日に」
「あ、はい」
 警察官が、その場に集まった高校生一同との話を終え、パトカーに乗り込む。ばたん、とドアが閉められ、パトカーはその場から走り去った。
「しかし、だ。真優美ちゃんがこんなぐだぐだになるとは…一体、何されたんだろうな。酒でも飲まされたのかねえ」
 ホテルの中に戻った修平が、真優美に目を移す。ふらふらの真優美は、美華子に支えられて、やっとのことで立っていた。
「どうも、聞いたところによると、つぼを刺激したらしいよ。だんだん眠くなるつぼがあるらしくてね」
 人差し指を使い、祐太朗が何かを押す真似をする。
「まるでカンフーだな。獣人相手にも通用するとは、驚きだよ」
「基本は変わらないだろうさ。肩こり、腰痛などは、僕も心得ているよ。試してみるかい?」
「いやいや、私は結構。大丈夫だよ」
 冗談交じりに祐太朗が手を出し、恵理香が首を横に振った。
「お腹空いたよぅ…うう…」
「よしよし。後でご飯を食べに行こうな?」
 寝ぼけ眼で、真優美がつぶやく言葉を聞き、恵理香が優しく声をかけた。確かに、今の真優美は寝ているようにも見える。
「もうここまで来たら、ウェディングコンテストどころじゃないね。錦原、真優美を送ってあげて」
 ふらふらの真優美の手を取り、竜馬に握らせる美華子。竜馬はちょっとの間考え、仕方がなく頷いた。ホテルを出て、外に歩き出す。
「竜馬、くぅん…あたし、好きなんですよぉ…」
「何がだい?」
「竜馬君のこと…でも、お腹が空いちゃって…献血車って赤くないんですね…」
 真優美が言う言葉には、論理的な一貫性がない。思いついたことを垂れ流しているだけのようだ。幼児退行の気も見える。目がしっかりと覚めれば、彼女もまともになるだろう。
「りょぉまー!」
 後ろからよく通る声が聞こえる。アリサのようだ。振り返る前に、アリサは竜馬の背中に抱きついた。
「ねえ、見て見て!審査員の人が私を賞賛してくれたの!賞もらっちゃった!これ!」
 手の中にある、ネックレスを見せるアリサ。銀の鎖がついたネックレスは、写真が入るロケットがついている。ロケットの表側には花が、裏側には美しい花嫁の姿が彫られていた。
「おう、よかったじゃんか。途中で抜け出したのに、よくもらえたな」
「その行動が、友達思いだって、誉められて。大賞は他の人だったけど、嬉しいわ。竜馬への誕生日プレゼントは壊れちゃったけど…」
 アリサが砕けた指輪を見せ、しょんぼりと耳を伏せる。
「はは、いいんだよ。気にするな。気持ちだけ受け取っておくわ」
「あら、優しいのね。今日はどうしたの?」
「どうもしないって。そんな落ち込むことでもないしな。ま、ありがとう」
 にこにこしている竜馬を、アリサが不審そうな目でじろじろ見た。
「俺、今から真優美ちゃんを送ってくわ。だいぶダメんなってるから、家まで送ってあげないと」
 ふらふらする真優美の姿を見せる竜馬。先ほどよりははっきりしてるようだが、地に足がついていないのは変わらない。
「ほら、こんなのもらったの。嬉しいわー」
 真優美がどんな状態か知らないアリサが、真優美にちゃらちゃらとネックレスを見せた。
 あむ
 何も考えていない目で、真優美がロケット部分を口に含んだ。
「あ!なにすんのよ!やめてよー!」
 慌ててアリサが真優美を引き剥がす。
「お腹空いたぁぁぁ」
 がぶぅ!
「痛い痛い!きゃあー!あんた何すんのよ!」
 寝ぼけたまま、真優美はアリサの肩に噛みついた。いつも竜馬などに噛みついているアリサだが、まさか自分が噛みつかれるとは思ってすらいなかった様子で、半ばパニックになりながら真優美を引き剥がそうと頑張っている。
「ほら、真優美ちゃん。もうやめて…」
 パチィッ!
「うあ!」
 真優美の首元を触ろうとした竜馬が、手に痛みを感じ、飛び退いた。真優美も痛かったらしく、口を離す。静電気だ。日本海側に生まれた竜馬は、冬に静電気を体験したことはなかった。
「う、わ、悪いことしてないもん…あああん!」
「あ、ああん、もう。泣かないでちょうだい?なんでこうなってんのよ〜」
 真優美がめそめそと泣き出した。アリサがおろおろと、真優美をたしなめる。それを横目に見ながら竜馬は、これが関東の冬なのだと感じていた。そして、今度は静電気に気をつけて、真優美の頭をそっと撫でた。



 (続く)


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