これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
 日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
 そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第十四話「キツネ・オン・ザ・ステージ」



 9月後半ともなると、夏の暑さはだんだんと収まり、涼しい風が吹き始める。空の色が夏と違った青になり、ススキが顔を見せる。季節は秋だ。秋は様々な2つ名を持っている。食欲の秋、読書の秋、勉強の秋。これは要するに、涼しくなって活動的になった上に、夜が長くなった人々が、その体力と暇を使って何かをしようと考えてつけたものらしい。そのせいか、秋は学生にとって、イベントの入り交じる楽しい季節となっていた。
「それじゃ、天馬祭の案があるやつ、手を挙げろぉぉ!」
 異様にテンションの高い男子司会が、教室中に響き渡る大声で叫んだ。
「俺、屋台がいいな!たこ焼きとか焼きそばとかさ!」
「ペット借りてきてペット展やろうよ!あたしうちのわんこ連れてくるよ!」
「漫画喫茶しようぜ!ほっときゃ金入るじゃん!」
「フリマとか堅実なとこ狙ってけよ!」
 教室が一瞬で沸き立った。教室の隅で居眠りをしていた爬虫人の女教師が、何か起こったのかと顔を上げる。木曜日6限の教室、ホームルームの時間に、1年2組では学園祭である「天馬祭」での出し物を決める話し合いを始めていた。
 左の窓際、中程の席に座る人間少年、錦原竜馬は、このクラスがイベント事でここまで過熱するとは思ってもいなかった。出し物を決めるだけでこのテンションなのだから、やってる途中はさらにすごいことになるのだろうか。知り合いの顔を順繰りに眺めながら、竜馬はぼんやりと考えていた。
「お前ら、とりとめなさすぎ!ほんっとアホの集団だな!もうこれで追加案はないな!?」
 司会が口悪く言いながら黒板に案を書き始めた。数えるのも面倒くさいほど案が集まり、クラスの興奮が最高潮まで上り詰めたとき、司会の横に座っていた副司会が小さな白紙を配り始めた。
「最後は投票だ!自分の正義と力、労力と財産に従って、学祭の出し物を投票しろ!部活の出し物の応援に行く奴はその旨を書いて提出だぁぁぁ!」
 キーンコーンカーンコーン…
 チャイムが鳴った。後ろに座っていた教師が前に出る。彼女の名は蛇山加奈子と言い、このクラスで担任をしている。
「みんな意欲的で嬉しいです。私も出来るだけ通常業務を返上して手伝うから、買い物とか仕入れで足りないものがあったら言ってちょうだい」
 クラスから「教師が仕事さぼるなよ〜」や「先生とろいから役に立たないって!」などといった、軽いからかいの言葉が飛び交った。蛇山先生が嬉しそうに笑う。普段はそうは見えなくても、クラスの中や教師との間でなれ合いが出来上がっているのが、この1年2組の特徴だった。
「それじゃあ、集計しとくから、また明日の朝ね。授業終わったし、解散!」
 蛇山先生が解散の号令を出すと、生徒達がいきなりうるさくなった。部活動へと行く生徒、掃除をする生徒、帰り支度をする生徒、友人と話す生徒、様々だ。竜馬も家に帰ろうと、カバンを持ち上げた、そのときだった。
「竜馬、ちょっと付き合わないか」
 少女が竜馬に声をかけた。長く青みのかかった銀髪、キツネの耳と尻尾、そして地球人の体。彼女は獣人と地球人のハーフだ。名を汐見恵理香と言う。学生と演劇をやっている少女で、少し時代劇の入った考え方と口調が特徴だ。
「ああ、恵理香さん。どうかした?」
「うむ。実は今度、本格的に料理をしてみようと思うのだが、まだまだ下手でな。手伝ってもらえないかと…」
 さらに続けようとした恵理香は、竜馬の顔色を見て言葉をうち切った。竜馬の目線の先には、2人の少女がいた。片方は、銀髪ショートパーマで褐色体毛の獣人少女、もう片方は、茶髪のショートボブで目が金色の人間少女。獣人少女の方は真優美・マスリと言い、大食いで少しペースが遅いぼやっとした女の子だ。人間少女の方は松葉美華子と言い、無口で無愛想な気分屋である。真優美は竜馬に思いを寄せており、仲もよかったのだが、今は関係がぎくしゃくしてしまっていた。
 話は9月の半ばごろに移る。その日、竜馬は埼玉にいた。彼は友人であり、一方的に好意を寄せられて迷惑している少女、アリサ・シュリマナを迎えに行っていた。アリサは3日間、埼玉の会社で職業体験をしており、竜馬に迎えに来てくれと言っていた。
 アリサは長い金髪で体毛が白く、ピンと立った耳の先が黒い犬獣人の少女だ。スタイルよし、頭よし、運動神経よしの少女なのだが、いかんせん竜馬に対する態度に甘えとサディストが入ってしまっている。竜馬は過去、彼女にいじめられた記憶も手伝って、彼女を好きになることは出来ないはずだった。
 ところがその日は違っていた。いつもは強硬な態度に出るアリサが、その日だけは泣いて逃げ出してみせた。竜馬の「嫌い」という言葉に傷ついたのだという。それにどきりとしてしまった竜馬は、泣きじゃくるアリサを追いかけ、告白をした。ところが、それはアリサの罠だった。彼女はその日に竜馬を落とすべく、綿密な計画を立てていたのだ。まんまと騙された竜馬は、ラブホテルに連れ込まれ…
「や、やあ。真優美ちゃん」
 竜馬は真優美に話しかけた。不自然きわまりないその態度は、滑稽でもある。
「何か用ですか〜?」
「いやー、そういうわけでもないんだけど…あ、そ、そうだ。学祭の出し物、何がいいって入れた?」
 冷たく返す真優美に取り付こうと、竜馬が話を繋ぐ。
「竜馬君には関係ないです。あたし、忙しいから、帰ります。じゃ」
 すたすたと真優美が歩き出した。
「あ…」
 竜馬が続けて何かを言う間もなく、真優美は教室を出ていってしまった。彼女は単純な女の子だから、1ヶ月もすれば、怒りを忘れてしまうのだろう。しかし、今まで仲良くしていた女の子に冷たくあしらわれるのは、竜馬にとっては悲しかった。
「錦原も大変だね。あの子、だいぶとさかに来てるよ」
 竜馬の机に座る美華子。彼女自身は、真優美の怒りも竜馬の嘆きも人ごとのようだ。竜馬にとっては、下手な親切心や野次馬根性でかき乱されるよりは、少しだけ離れたところにいて離れも近づきもしない美華子の態度が嬉しかった。
「ありゃ俺のせいじゃないんだって言ってるのに…俺、何もしないで帰ってきたのに…」
 竜馬は肩を落とした。
「まあ…信じろと言えど難しいだろう。逆に言えば、それだけ真優美ちゃんは竜馬に気をかけているということではないかな?」
 恵理香がそっとフォローを入れた。彼女も、ホテル騒動のときに、真っ青になった一人だった。健全な男女のあり方という概念を持っていた恵理香にとって、知り合いの同級生がラブホテルに入ったというのは信じ難かったのだろう。
「アリサが全部悪いんだ…あんな、あることないこと、噂でばらまきやがって…」
 最後にはつぶやくような声で、竜馬は言った。この事件のことは、噂話となってクラス内をふわふわと浮かんでいた。他の生徒の反応といえば、「ああ、やっぱりか」といったような、淡白なものだった。何かあったわけではないことは、皆理解しているだろうが、竜馬とアリサは軽くからかわれる対象となっていた。アリサにとってはとても嬉しいことのようだが、軽いからかいであっても竜馬にとっては苦痛でしかなかった。
「ラブホ行ったのは事実じゃん。仕方ないんじゃない?」
「み、美華子さんまでそんなこと言うのか?」
「言うよ。私にはどっちでもいいしね」
 美華子がくすくすと笑った。
「その当の本人はどこに?」
「帰っちゃったよ。最近忙しいんだってさ」
 恵理香が聞くと、美華子が答えた。確かに教室内にアリサの姿がない。いつもならば竜馬と帰りたがる彼女がここにいないことは、少しだけの違和感があった。
「じゃ、私も帰るから」
 カバンを持った美華子が竜馬の机を離れた。
「ああ…もうだめだ。俺、だめだ…」
 がっくりと落ち込む竜馬。その姿は見ていて痛々しかった。普段、鬱になどならない分、ダメージが大きいようだ。
「閑話休題、さっきの話だが…」
「え?何だっけ?」
 恵理香が話を戻そうとしたが、竜馬は恵理香の話を忘れてしまっていた。
「うーむ…日が悪いようだな。出直そう」
 しばらく竜馬を見ていた恵理香だったが、諦めて竜馬のそばを離れる。
「なんだっけ…」
 だいぶ疲れているのか、思い出そうとしても思い出すことが出来ない。竜馬はため息をひとつついて、立ち上がった。


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