2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
そして2045年。地球は変わる。
おーばー・ざ・ぺがさす
第十一話「るんるんデートはChaosの誘い」
私立天馬高校に夏休みが訪れ、学生達は海や川、山、温泉などに行き、思い切り羽を伸ばしていた。だがしかし、夏休みの半ばには、登校日という浮き石が存在する。1年生の登校日は8月7日の月曜日に設定されており、長期休暇の合間に浮かんでいるこの日に、天馬高校の1年生は面倒くささと少々の楽しみを抱いていた。
「はあ?結婚したぁ?」
机に座っていた人間少年が、間の抜けた声を出した。ぼさぼさした頭をしている彼の名は錦原竜馬。言わずと知れた主人公である。もっとも最近は、キャラが薄くなり、主人公としてのアイデンティティは危ないのだが。
彼の前には、1人の爬虫人少年と、2人の人間少年が座っていた。爬虫人少年は極端に痩せており、人間少年の1人は小太り、もう1人は眼鏡をかけて髪をオールバックに決めている。それぞれ、マグスァ、黒田、西川と名前がついているが、彼らは脇役なので覚える必要はない。
1限のホームルームが終わり、2限のホームルームが始まるまでの休憩時間に、竜馬は久々にあったクラスメートと会話をしていた。
「ああ。演劇部の先輩に聞いたんだよ。ダンス部の人が、結婚して、退学するらしい」
黒田が、面白いゴシップだろうという風に言った。
「ありえん…どうしたんだ、一体。黒田、そんなんどこで聞いたんだよ?」
竜馬は片手で顔を撫で、考えこんでしまった。彼は高校1年生、15歳だ。結婚を考えるには少し早い。
「その話なら俺も聞いたぜ。聞いたところによるとな、やっちゃって、子供出来ちゃったんだとよ。避妊具使ってなかったんだな」
ききき、とマグスァが笑った。右手の人差し指と親指で輪を作り、左手の人差し指を通して見せる。それが下品な行為を模したものだというのは、性的に奥手な竜馬にもよく理解できた。
彼らが噂にしているのは、3年生の某男女カップルのことだ。夏休みの間に退学したという話が出ていたが、その原因を竜馬がまともに聞いたのは、今が初めてだった。
「最近の高校生ってこんなもんなのか?俺、たった2年先輩の人が、そういうことしてるなんて、信じられんわ」
竜馬はふうと息をついた。
「またまた。そんなこと言って、お前もやってんだろ?」
黒田が竜馬の目の前で手を振ってみせた。
「何言ってんだ?相手がいないじゃんか」
「嘘つくなよ。あいつは?」
西川の指さした先には、イスに座って恋愛小説を熱心に読む、獣人少女のアリサ・シュリマナの姿があった。クリーム色の体毛、腰まである金髪、耳の先の毛は黒く、犬のような顔をしている。獣人の同族から見ても、それ以外の種族から見ても、彼女は美人の類に入る少女だ。だがこの少女、竜馬に対して異常なほどの愛情を抱いており、そのせいで竜馬は毎回ひどい目に遭っているのだ。
「面白くない冗談だな〜。はっきり言って、ないね」
西川の言葉を竜馬が笑い飛ばした。3人が、何かおかしなものでも見ている表情で、竜馬を見つめる。
「お前、言い寄られてんだろ?なんで?」
「性格とかだよ。あれは無理、俺は絶対やだね」
「はあ?性格いいじゃん。意味わからん」
マグスァが太い尻尾をひとつ振った。
「お前、この年でやったことないって、重症だぞ。ほんと好きな子が出来て、おろおろして振られちゃ、トラウマなるぞ?誰でもいいから経験しとけって!」
本気で心配そうな表情を見せる西川。残りの2人もうんうんとうなずく。
「そりゃなあ…相手と機会さえありゃさ…」
「竜馬君〜」
竜馬が愚痴を言おうとしたそのとき、横合いから一人の獣人少女が顔を出した。褐色の体毛に銀色のパーマヘア、髪はセミロングで目がぱっちりしている。彼女は真優美・マスリという。この少女も竜馬に惚れているが、彼女はアリサとは違う方面で竜馬を悩ませている。
「どうしたの?」
「美華子ちゃん知りませんかぁ?」
「美華子さんなら、さっき出てったけど…たぶん、食堂でパンかなんか買ってるんだと思う。財布持ってってたし」
竜馬がドアの方に目をやった。2人が話している美華子というのは、松葉美華子というクラスメートだ。ショートボブの茶髪に金色の目、どこかニヒルな感じのする少女で、何を考えているかよくわからない。
「わかりました、ありがとう〜」
真優美は尻尾をぱたぱたしながら駆けだした。途中、転びそうになるが、うまく立て直して教室の外へ出て行く。
「つーか、どんなのが好みなのよ?あれか?」
黒田が真優美の後ろ姿を見送る。
「俺の好みはだな、空気読めて、俺に優しくしてくれてだな、気が合って、しっかりとした意志を持つ女の子だ。容姿は別に気にせんよ」
竜馬がきっぱりと言い切る。
「やっぱシュリマナじゃん」
「違う!えーい、何で俺とあいつをくっつけたがるんだ、どいつもこいつも!」
指摘した西川に、竜馬が噛みつきそうな剣幕で言い放った。
「この野郎、自分がどんだけうらやましい境遇にいるか理解してねえのか!」
「そうだぞ!頭脳明晰、品性良好、スポーツ万能で仕事も出来て、なおかつあのかわいさ!」
「錦原、お前、贅沢言い過ぎだろ!常識的に考えて!」
3人がずいと竜馬に詰め寄った。
「な、なんだよ、代わってやれるもんならいくらでも代わってやるよ!俺はアリサなんか…」
「シャラップ!」
ばきぃっ!
マグスァが尻尾で竜馬を張り飛ばした。
「あ、痛ー!てめえ、やりやがったな!この色ボケトカゲが!」
「うっせえ、毛無しザル!」
どん!どかっ!ばきっ!
とうとう3対1で、とっくみあいのケンカが始まった。机やイスががたがた動き、周りの生徒が何事かと駆け寄る。
「何をやっているんだ!やめないか!」
少女と少年が、風のような速さで割って入った。少女には狐の耳と尻尾がついていて、少年は筋肉のついた体に刈り上げヘアーをしている。少女の名は汐見恵理香、少年の名は砂川修平と言う。
「えーい、止めるな!」
「ままま、竜馬、お前落ち着けよ」
修平がずるずると竜馬を引っ張った。
「ケンカの原因は何なんだ?私に話してみろ」
恵理香が太い尻尾をいらいらと振った。
「そりゃあ、錦原が悪いんだぜ。こいつ、自分がどんなにうらやましい世界に住んでるか、理解してねえんだもの」
マグスァがぷいとそっぽを向いた。
「うらやましいとは?」
「シュリマナだよ、シュリマナ。こいつ、好かれてんのに、嫌だとか言いやがる」
黒田が恵理香に詰め寄った。額が当たってごつんと音を立てる。
「それは…まあ、竜馬の性格だしなあ…当人同士の問題だろう?わざわざケンカするようなこととは…」
「何?私?」
恵理香の後ろから、ぬうっとアリサが現れた。先ほどの騒ぎも、本に集中していた彼女には聞こえていなかったらしい。
「ああ、罪作りな女ね、私って。こんなに多くの男の人に好かれてしまうなんて…でも、竜馬の愛さえあれば…」
アリサがうっとりと目を細める。その姿に、竜馬はため息をついた。本当ならつっこみを入れたいが、そんなことをしたらまた面倒が起きるだろう。
「まあ、悪かったよ、錦原。そうかりかりすんなって、こいつ貸してやるから」
机の中をごそごそと漁っていた西川が、1冊の雑誌を取り出した。表紙にでかでかと「獣人ヘアヌード特集!」という文字が踊っている。
「おお、西川、いい趣味してんなあ!」
修平の顔がにやつく。
「だろ?特にこの子がお勧めなんだよ。この子がさ」
西川がぱらぱらとページをめくり、竜馬に見せた。クリーム色の体毛をした犬獣人が、挑発的な目で竜馬を見つめている。それは、目の前で乙女妄想に浸っているアリサにそっくりだった。
「んがあ!うがああ!もうアリサはこりごりじゃあ!」
ばりばりばりっ!
竜馬が雑誌をばらばらに破いてしまった。黒田とマグスァに説教していた恵理香が、びくっと怯える。
「まて、それ黒田の…」
西川が冷や汗をかいて後ろを見ると、怒りを体中で溜めている黒田と目が合った。
「てめえ、錦原!俺の宝物を!ぶっとばしてやる!」
「上等だ!まとめてかかってこいや!」
またもやケンカが始まった。アリサはそのケンカが自分のためだと勘違いしているし、修平は止めようとしてけり出されている。その集団の中、比較的まともな神経をしている恵理香は、目の前に広がる混沌に頭痛を感じていた。
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