2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
 そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
 そして2045年。地球は変わる。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第十話「ONSEN AND KITUNECOBRA」



「みんな、忘れ物はない?」
 赤いTシャツにジーンズ姿の、小柄な人間女性が、目の前にいる6人の男女の顔を順繰りに見渡した。彼女は錦原清香。現在、東京に住んでいる、大学生の女性である。
「ないない。あったとしても、向こうで買えばいいんだよ」
 一人の人間少年が苦笑しながら答えた。残りも、自分の荷物を横に置き、うんうんとうなずく。彼の名は錦原竜馬。東京在住、高校1年生の、目立ったところのない男子だ。清香の弟でもある。
 その右隣、長い金髪にクリーム色の体毛をして、尖った耳の先が黒い獣人娘はアリサ・シュリマナ。左隣で大きなあくびをしている、褐色体毛で銀髪の獣人少女は真優美・マスリ。つんとした印象の、金色の目で短い茶髪の人間少女は松葉美華子。狐耳、狐尻尾で、色の白い肌をした、青銀色の肩程度までの髪をしたハーフの少女は汐見恵理香。そして、竜馬以外で唯一の男性で、がっしりとした体格に角刈りの少年は砂川修平。これら6人は、都内の私立高校である「天馬高等学校」の1年生、同じクラスの少年少女だった。
 今清香は、自身が住んでいるアパートの前で、自分の弟を含む6人の男女の点呼を取っていた。これからこの7人は、長野の温泉地へと向かうためだ。たった1泊2日の日程だが、メンバーのほとんどは高校生、それも思春期の少女。身だしなみの道具などであろうか、荷物はかなりの量になっていた。
「よーし。これから我々は、東京から山梨を経由し、長野のさる温泉へ旅行へ行くわけですが、みんなに2、3、言っておきたいことがある。まず、アリサちゃん」
「はい?何かしら?」
 清香に名を呼ばれ、アリサが首を傾げる。
「暑いのはわかりますが、その格好はいただけないな〜。これから山に行くんだから、上着くらい着て」
 清香が眉根をしかめる。それもそのはず、アリサはミニスカートと水着のブラのみという、きわめてラフな格好をしていた。
「なんでです?だって、この方がセクシーでいいじゃないですか」
 アリサがにっこり笑ってくるりと回って見せる。
「ダメよ〜。蚊が飛んでたりするんだから。獣人だから蚊が狙わないとかそういうことはないんだからね?ずっとおへそを掻いてたりしたら困るっしょ?」
「うー、かゆいのはやだな…」
 アリサが渋々荷物を開けると、青いタンクトップを出して上から着た。
「他に服は…」
 清香が一人一人チェックしていく。真優美は真っ白でアクセントにボタンのついたワンピース、美華子はぴったりしたカットパンツに、上に薄い半袖のキャミソールを着ている。そして、恵理香は、動きやすいタイプの、水色の着物を着ていた。
「やはり私だけ浮いているな…この服装は好きなんだが…」
 恵理香は自分の服装が気になるようで、袖を引っ張ったり、帯を直したりして、きっちりとした風に見せようとしていたが、しばらくして諦めた。
「さーて、これだけ荷物持って、これから駅か。歩いていくのはだりぃな…」
 竜馬が自分のリュックサックを背負う。
「ふっふっふ、マイブラザー。今日はあたしに秘策がある」
 言うが早いか、清香はポケットから何かを取り出した。そして、それを背中の方へ向ける。
 ガチャッ
 一つ音がして、彼女の背後に停まっていた、ワゴンタイプの白いミニバンの鍵が開いた。
「まさか姉貴…」
「そう、友人が車を貸してくれたんだよ。さあ、荷物積んで。早く出ないと、日が暮れるよ」
 清香はトランクを開き、置いてある荷物を詰め始めた。
「お、おい、大丈夫か?姉貴、免許ペーパーじゃなかったか?それにこれ、中型じゃんか」
 竜馬が不安そうに清香の顔を覗き込んだ。
「友人の車を借りて運転はよくしてるよ。っつーか、酒飲んだとき、あたしがハンドルキーパーになることが多いんさ。それにあたしは中型で免許取ったから大丈夫。まあ、安心しろ」
 清香がにこにこしながら一同を見渡した。
「そうなんですかぁ。じゃあ、大丈夫ですね〜」
 真優美が同じくにこにこして、荷物を積んだ。それに習い、他のメンバーも荷物を積む。
「今は、9時半、と。向こうに着くのは大体12時半くらいかな。さ、みんな乗って乗って」
 清香が運転席に乗り込み、シートベルトを締めた。
「もちろん私は中席で竜馬の隣で2人きりなのよね?」
 アリサが竜馬にすりすりとすり寄った。前には運転手を含め2人、中席には2人、後部座席には3人が座れるようになっている。
「寝言は寝て言え。ストレスが溜まるのは嫌だ」
「寝言じゃないわよ〜」
「えーい、うっとおしいな、離せよ」
 逃げようとする竜馬を、アリサがぎゅうと抱いた。アリサは竜馬のことが大好きなのだが、竜馬は過去のことやアリサの性格などから、彼女と付き合うつもりがまったくない。そのため、アリサがべたべたとくっついてくるのが、竜馬にとっては迷惑でしかない。
「ぐずぐずしてると時間がなくなるでしょ?ほら、乗りな!」
 清香が半ば押し込むように一同を車に乗せた。修平が助手席、アリサと竜馬が中席、美華子、恵理香、真優美が後部座席だ。
「じゃ、出発するからね」
 キーを回すと、イノシシの唸るような音がして、自動車のエンジンがかかった。竜馬はアリサから出来るだけ離れて座りながら、心のどこかで不安を感じていた。今回の旅行には何かある、と…


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