「しかし、狼と仲良くなるなんてね」
 ぎし
 リキルの座っている椅子が軋む。ここは宿の一室、バルとメミカが借りている、ジャンバルの街の宿だ。数時間かけ、ジャンバルの街へと戻ってきてみれば、既に街は眠りに入っていた。一部の酒場や、旅行客相手の深夜遊戯場以外、ほとんどの施設の明かりが消えていた。
 宿も既に戸締まりをした後だったのだが、偶然出てきたウサギ獣人のウェイトレスが事情を聞き、4人を中に入れてくれたのだった。しかも、リキルとバスァレにも部屋を用意してくれた上に、風呂まで用意をしてくれた。条件として「他の客に迷惑をかけないように静かにすること」とは言われたが、既にかなりの迷惑をかけているはずだ。感謝してもしきれない。
「面白いアイディアだと僕は思うよ。リーダーであるあの狼、グランドウルフと呼ばれているんだけど、彼がテレパシーの技能を持っているとは思わなかったよ。これで会話が出来る」
 コーヒーを一口飲み、バスァレが言った。
「しかも、そんな彼らに友好的になれないかと提案するなんて。旅人君も面白い考えをするものだねえ」
「ええ。狼はちょっと怖いけど、戦わないで済むならそれが一番よね」
 バスァレの言葉に、メミカが同意した。
「面白い考えかぁ、自覚はないなあ」
 なんだかだんだん、バルはこそばゆい気持ちになってきた。あのときには、ただ単純に思いつきで物を言っただけなのだ。争うのが馬鹿馬鹿しくなっただけで、真剣に平和だの友好だのを考えていたわけではないのだ。
「私たちの知らない、薬草の産地とか、知ってそうだなあ。そういうの聞けたら、楽しいでしょうね」
「いいねえ。彼らと意志の疎通が出来ると思っていなかったからね。夢が広がるばかりだ…」
 がたっ
 メミカとバスァレの楽しげな会話を、乱暴な音が打ち切った。リキルが勢いよく立ち上がったのだ。
「…僕は、賛同できないな。今まで僕は何度も彼らを倒したし、逆に彼らにやられかけたこともあった。お互いわだかまりはなかなか消えないよ。人と狼が手を取り合うなんて、難しいんじゃないだろうか」
 強い眼孔でリキルが3人を順々に見た。
「難しいかしら?私たちラミアも、元は王国人と仲が良くないところからスタートして、今は友好的よ。だから…」
「メミカさん」
 メミカの続けようとした話を、リキルが強い口調で打ち切った。何か言おうと、彼は口を開いたが、すぐに黙り込んだ。
「…いや、なんでもなかった」
 そして、何かを悟ったように俯き、ふうと息をついた。
「楽しげな会話を打ち切ってすまない。そんなつもりではなかった。僕はもう、寝るとしよう。おやすみ」
 武具を携え、部屋から出ていくリキル。その後ろ姿には、何故か苛立ちが見てとれた。
「まあ…リキルの言うことにも、一理はあるか」
 ばりばりと頭を掻くバル。少し、浮かれすぎたようだ。狼に襲われた人間は、王国だけでも数多くいるはずだ。ずいぶん前に、馬車を狼に襲われた商人などがいい例だ。そんな人間がいるのに、狼と今から仲良くすることになりました、と言ったところで、大抵の人間は信じられないに違いない。狼の側にだって、人間を憎むものがいるだろう。それらがお互いに信じ合うのは難しいことだ。
「リキル君も思うところがあるんだろうね」
 複雑な表情で、メミカがコーヒーのカップをテーブルに置く。バスァレはしばらく黙って宙を見つめていたが、椅子から立ち上がって自分の荷物を取った。 
「ちょうどいいタイミングだし、僕も寝るとしようかな。僕は後3日はこっちにいるつもりさ。君たちは?」
「俺等は、明日ここを出て、王国へ戻るよ」
「わかった。じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日からの旅路に備えておくれよ。じゃあ、お休み」
 バスァレが部屋を出ていく。バルは、靴を脱いでベッドの上に体を投げ出し、大きく伸びをした。
「明日は、どんな流れになるのかな。リキル君と、一緒に来てた兵士の人2人が、王国に戻るのよね?」
 メミカも隣のベッドに乗り、ぐるりととぐろを巻いた。
「そうだね。その馬車に一緒に乗せてもらうことになるのかな」
 バルがおおあくびをする。横になった途端に、急激な眠気が襲ってきた。大昔の話には、眠らない子の目にミルクを流し込み、眠りを誘う小鬼の話がある。いつの間にか、ミルクを入れられたのだろうか。
「明日起きたら、リキル君に確認しないといけないかな。ね?」
「そうだね」
「荷造りもしないといけないし、おみやげも買いたいなあ。買い物、一緒に行こう?」
「そうだねえ…」
 メミカの言葉に、生返事をしていたバルだったが、急に言葉を発することすら出来ないほどに、眠たくなってしまった。そして、意識はゆっくりと眠りの中に落ちていった。


 なんとか、街へと戻ってきたバルとその一行。途中合った狼族との話は、一体どんな方向へと進むのだろうか。


 (続く)


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