遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 9話「ポイザンソ遺跡その2」



 薄暗い部屋の中で、1人の犬獣人の男性が机に向かって、何か書き物をしていた。広い室内には、天井付きの豪華なベッドや、高価であろう調度品などが、惜しげもなく揃えられている。文机の上にあるランプしか、今は火が灯っていない。この男は、一国を統べる王。ランドスケープ王国の王、ランドスケープ4世だ。本名を、フェンウェル・レンブルート・ランドスケープと言う。
 今、彼がチェックしているのは、彼のサインを待つだけとなった書類達だ。法律、陳述書、予算案。細かいところは、それぞれの部門のスペシャリスト達が決めてくれるが、最終的な判断は彼の手にゆだねられている。一国の王たる者、無知であってはいけない。毎日が努力と勉強である。
 時刻はもう深夜だ。明日になれば、また別の仕事が入ってくる。今日の内に、今日の仕事は終わらせなければなるまい。
 コンコン
「誰だ?」
 ノックの音が響いた。こんな夜更けに、彼の部屋を訪ねてくる者は、滅多にいない。兵士や使用人は、彼がまだ起きていると思っていないはずだ。いや、一人だけ。モクラ・ポクラという爬虫人の男ならば、来るかも知れない。彼は執事長という立場の人間で、4世のことをよく理解する人間だ。夜遅くまで仕事をする4世に、差し入れを持ってくることがある。今日も、その類だろうか。
 かちゃ…
 しかし、入ってきたのはモクラではなかった。コリー犬のような毛色の少女で、白いネグリジェを着ている。
「シンデレラか」
 少女の名を呼ぶ4世。この少女は、4世の娘であるシンデレラ・ランドスケープだ。4世の子は、彼女以外に、ロビン・ランドスケープという男子もいる。シンデレラは、ロビンの妹だ。
「お父様、お聞きしたいことがあります」
 シンデレラは真剣な顔をしていた。またロビンの話か、と4世が考える。ロビンは、4ヶ月ほど前に城を出たまま、帰ってきていないのだ。今この国は、旧世界の魔物という者の脅威に晒されている。ロビンは魔物を討伐すると城を出て、戻らなくなった。
 こんなこと、国民に知られたら、余計な不安を煽ることになる。捜索も内密に行っているが、ロビンにとても懐いていたシンデレラは、大々的に捜索隊を派遣しないのが不満らしく、たびたび文句を言うのだ。シンデレラ自身が城から出て、ロビンを探しに行ったことも何度かある。今、シンデレラには外出禁止を言い渡しており、ここ2週間は城の中でのみ生活している。
「ロビンのことか?」
 4世がシンデレラに先制した。しかし、シンデレラは首を横に振った。
「お兄様のことではありませんわ。つい先日出会った、妖精の青年のことです」
「ほう。妖精の」
「彼は、名をバスァレ・ソウと言いました。お父様のことを良く知っている様子で、よろしくと言われました」
 ぴくり
 4世の耳が動いた。バスァレ、バスァレ…もし4世の考えているバスァレならば、良く知っているどころの話ではない。
「ワタクシが彼と出会ったのは、カルバの遺跡でです。その時のことは、大まかにお父様にお話したと思いますわ。彼は、指輪を集めていると言いました。カルバ、メースニャカ、そしてベルガホルカの力を秘めた指輪をです。遺跡を巡り、指輪を集めるあの妖精は、一体何者なのです?」
 まさか、バスァレがシンデレラと会うと思っていなかった4世は、しばらく黙り込んで考えた。そろそろ、彼女にもバスァレの存在を知らせなくてはいけない時期だろうか。
「お父様?」
 不安げに、シンデレラが4世の顔を覗き込んだ。
「そうだな。お前にも話をしておこうか」
 がたっ
 イスから立った4世は、軽く伸びをして、ティーテーブルの方へ向かった。シンデレラを向かい側に座らせ、4世も座る。保温の魔法がかけられた金属瓶から湯を出し、4世は2人分の紅茶を用意した。
「このランドスケープ王国が、出来上がったときのことを、お前は授業で習っているはずだ。言ってごらん?」
 かちゃ
 ティーカップをシンデレラの前に置き、4世が聞いた。
「確か、ログレット・ダール歴500年前後に、小さな民族が集まって出来た国家だと記憶しておりますわ。LD歴1510年の現在までに、何度も支配者が変わったと」
 この話は、彼女が家庭教師から、歴史の授業時に何度か聞いたことがあるはずだ。彼女は王女、直接政治に関わることがなくても、知るべき知識は知っておかねばならない。
「そうだ。私は4世で、お前の兄であるロビンが5世になる。我らが先祖、ランドスケープ1世となる男は、その当時この国を治めていた王から厚い信頼を受けていた。8代続いたその王家は、子供が産まれず絶えることとなったが、そのときに我らの先祖に国を譲ることにしたのだ。それまで、レンブルートという氏を持っていた我らが先祖には、新たにランドスケープという氏も与えられることになった」
「ええ、その辺りも習いましたわ。正確には、レンブルート・ランドスケープの4世になるというお話だそうですね。国を譲られるとき、様々な問題も一緒に引き受けたとか…」
 シンデレラが紅茶を一口飲んだ。聡明な娘だ、と4世は嬉しくなった。しっかりと勉強をしている様子だ、この調子だと、王女となってからも問題はないだろう。
「そうだ。そのころの貴族と貧困層の問題や、領地の問題など、多くの問題が託されることとなった。お前の曾祖父、私の祖父が、それらの問題のほとんどを強力な政治手腕で解決したのだ」
 そのころの話は、この国の歴史書には多く載っているし、学校でもよく教えられている。改めて言うようなことでもない。
「そのとき、亡き王の家来だったある男が、我が王家に継続して仕えることとなった。本来ならば、このランドスケープ王国を継ぐかも知れなかった男だ。彼の一族は、我らレンブルートの一族と同じく、この国に仕える騎士の一族だ」
「騎士の一族?」
 シンデレラが、オウム返しに4世に聞く。
「そうだ。それが、ソウと呼ばれる一族。お前が見たというバスァレ・ソウは、この一族の末梢なのだよ」
「そんな話、初めて聞きましたわ。道理で、お城に出入り出来ると、本人が言っていたわけですわね」
 4世の言葉に、シンデレラは納得顔で頷いた。 
「彼らは今、影の役目を負っている。我らが表だって動けない時、それを極秘裏に解決するために暗躍するのだ。バスァレは、我が父の代から世話になっている、今は既に150歳を超えるだろう」
「そんなに…それで、バスァレは今、何をしているのです?」
「一言で言うのは難しい。そうだな…」
 立ち上がった4世は、カーテンを軽く開き、外を覗いた。
「国の保安と、遺跡調査。そして、ロビンの探索だ」
 外は、真っ暗な闇ではない。塀の向こう側に見える街に、明かりが灯っている。まだ起きている国民がいるのだろう。全ての施設を覚えているわけではないが、大まかにはわかる。商店、宿、酒場。夜でも、賑わっている場所は多い。
「保安…調査…?」
「ああ。一見、この3つの任務には何の関連性もないように見えるが、実は深く関わっているのだ。ロビンが、とても深く関係しているということまで、判明している」
「そう…よくわかりませんが、お兄様の事だから、きっと何か考えが…」
 がちゃん
「!」
 陶器の割れる音が、部屋の中に響いた。ゆっくりと振り返る4世は、部屋の隅に置かれた花瓶が、倒れて割れているのを見た。
「確か、これは。お兄様が、外国へと行き、帰ったときに持ってきた、おみやげの品…」
 花瓶の欠片を拾い上げるシンデレラ。白い陶磁器の花瓶は、粉々に砕けてしまっている。もう、復元することは不可能だろう。
 コンコン
「国王、いかがなされましたか?」
 ノックの音だ。外から聞こえてきたのは、執事の1人の声だ。
「花瓶を破損してしまった。掃除を頼む」
「承知いたしました」
 がちゃ
 ドアを開け、執事が入ってくる。掃除用具を持ったメイドが1人続き、床を手際よく掃除し始めた。
「…」
 ロビンも大事な息子だ。いなくなってもらっては困る。病気になり、今は起きあがることすら出来ない妻も、ロビンが幼い時にはまだ健康で、彼のことをとてもかわいがって育てていた。
 彼女にはロビンがいなくなったことを知らせていない。最近、顔を見せないのを不審に思ってはいるが、4世はそれを上手くごまかしている。病床に伏している妻に、精神的な負担をかけるわけにはいかないのだ。
『ロビン…お前はいつになったら戻ってくるのだ?』
 4世が、心の中で、息子の名を呼んだ。


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