遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 5話「メースニャカの地下神殿」



 その牢獄は地下に掘られた穴に作られていた。光はほとんどなかった。明かりと言えば、廊下に立っている小さなランプか、小さな採光窓から入ってくる、本当に小さな光だけだった。
 コツーン、コツーン
 その廊下を、靴音が動いていた。ラミアの看守の後ろを歩くのは、犬獣人で茶色い毛をした少年と、赤い尾と赤い髪で腕輪をしたラミアの少女だった。少年は名をバルハルト。あだ名をバルと言う。そして、ラミアは名をメミカと言った。バルは旅人、メミカは魔法使い見習い。2人がなぜ地下牢獄に来たかには理由がある。
 この村、メイゥギウにバルが来たのは昨日のことだ。メイゥギウはラミアの住む集落で、大きな洞窟の中にある村だ。バルが来た夕方頃は、村は祭りの準備中で、夜には祭りが始まった。その祭りの中、村長の屋敷が火事になると言う事態が起きた。バル、メミカ、そしてバルと一緒に来たヒューマンの少女スウは、屋敷に突入。火の荒れ狂い、火炎の魔物がうろつく中、村長とその娘キュリクを屋敷から救い出した。その時、屋敷にある女性が火を付けたという目撃証言が上がり、女性は捕まってしまった。その女性に会いに、2人は牢獄に来たのだった。
「囚人への物品の受け渡しは原則禁止だ。最低限の衣装品は受け取り、検閲後に渡すことになっている。何かあったら呼べ」
「わかりました」
 看守は扉の鍵を開き、そこにあったイスに座った。バルは扉を開き、中に入る。部屋に入って4分の1のところから、鉄格子が入って牢屋になっており、鉄の扉がついている。その女性は、中にあるベッドに座っていた。暗さ故、表情を確認することは難しい。
「師匠!」
 メミカが悲痛な声をあげた。その声に、メミカの師匠の女性…ライアが顔を上げる。紫色の短い髪、紫の尾、目のところには横一直線に皮の剥げたような傷跡がある。
「メミカか。どうしてこんなところへ来た?」
「どうしてって…心配だったからに決まってます!」
 家に友人でも来たかのようにフランクに話すライアに、メミカが大声で返事をした。
「こらこら、大声ではしたないぞ。ただでさえ、石の部屋で音が響くんだから、大きな声を出さないでくれ」
 ふふっと笑うライア。採光窓から差し込んだ小さな光が、彼女の笑顔を映し出した。
「あ、す、すいません…私、師匠が捕まったって聞いて、頭の中が真っ白になっちゃって…」
 泣きそうな顔になるメミカ。彼女は生まれたときから親がおらず、ライアが育ての親だ。その親代わりが捕まり、心が張り裂けそうなほど不安なのだ。バルは昨晩、メミカがライアの話をしていたのを思い出した。
『師匠は厳しくて優しくてね。私が間違ったことをすると叱るの。それで、どうして間違ってるかを教えてくれて、上手に出来ると褒めてくれたの』
 メミカはライアが大好きなのだ。彼女は18歳、この年になると親に反抗する子もいるだろうが、メミカはそんなことはない様子だ。
「そういえば、スウちゃんがいないな。まさか、留守番か?」
 バルとメミカを順繰りに見て、ライアが言った。
「あ、ええ。昨日、魔法を使いすぎて、まだ寝ているんです」
「魔法を?あの子は魔法を使うのか?」
「ええ。実は…」
 昨日あったことを、メミカは話し始めた。燃えさかる屋敷の中に入ったこと。炎の人型がいたこと。スウが魔法で水を生成したこと。雨桂樹の木から魔力を得て水を一気に錬成したこと。スウは疲れ切って、眠って目を覚まさないこと…。
「…そうだったか。あの火災を止めたのは、君たちだったか。バルさん、うちの不肖の弟子が迷惑をかけたな。すまない」
 1つ1つ、頷きながら話を聞いていたライアだったが、最後にバルに向かって頭を下げた。
「いやいや。誰一人、怪我一つなかったから、いいんです。それに、村長と娘さんも救えたし」
 顔の前で手を振り、バルが言う。
「うむ。村長が無事で本当に良かった。彼とは、個人的に交友がある。いい友人を危うく亡くすところだった。ありがとう…君たちのおかげだ」
 心底、ほっとした表情で、ライアは胸に手を置いた。
「それより師匠。今回の件、師匠のせいじゃないって、私信じてます。真犯人を探すつもりです」
 さっきまで泣きそうだったのも忘れ、メミカがライアのことをじっと見つめた。
「やめた方がいい。私ならば大丈夫だ。お前が傷つくのを見たくはない」
 ライアの顔が一瞬で陰る。
「そんなこと言わないでください。師匠がやったわけじゃないんでしょう?」
「ああ、私ではない。これだけは誓える。そして私は、恐らく真犯人の男を知っている。だが、その男は強力な術使いだ。お前では相手にならない」
 困惑声のメミカに対して、無情な声を返すライア。恐らく、ライアの言うことは事実なのだろう。男と言うのは、村長に脅迫をして、なおかつライアを酷く憎んでいた、あの召還士のことだろうと予測できた。召還術は謎も多い魔術体系だ、どんな隠し種を持っているかわからない。
「お前に覚悟はあるのか?死ぬかも知れない、一生消えない傷を負うかも知れない。そんな覚悟があるのか?私の、顔のように」
 ライアの手が、自身の瞼を撫でる。見ようによっては恐ろしいその傷を、ライアはどんなときに負ったのだろうか。
「そんなこと言われたら、覚悟なんてないかも知れません…でも、やめません!師匠を助けないと、誰が私に魔法を教えてくれるんです?私、師匠ほどの魔法使いになるつもりなんです!」
 メミカが片手を振り、声を荒げた。メミカの着ける腕輪がかちゃりと鳴る。
「私じゃなくてもいいだろう」
「あなたじゃないとだめなんです!あなたは私の育ての親なんだから!」
「諦めろ。私は今、檻の中だ。いつまでいるかもわからん」
「いつまでもいません!私が必ず助けます!」
 ライアの繰り出すネガティブな言葉を、メミカがことごとくうち消していく。
「…そうか。あのメミカが、こんなに強い子に育ったか。まだまだ子供だと思っていたのは、私だけだったようだな」
 ライアはとうとう、ネガティブなことを何も言えなくなり、くすくすと笑い始めた。
「もう、子供扱いして…もう子供じゃないのは、師匠が一番知ってると思っていたのに」
「なあに、子供だと思えば、誰でもいつまでも子供。心まで大人になると言うのは、体だけ大人になるのと比べて、とても難しいものなのだよ」
 ぷうと膨れるメミカに、ライアがまたくすくす笑いを見せる。
 ぽん
「あ…」
 ライアの手が、鉄格子の間から伸び、メミカの頭を撫でた。
「いいか。お前は自慢の弟子だ。打てば伸びる熱い鉄、かなりの成長をすると思っている。それだけに、お前を今失うのは惜しい」
「師匠…」
「相手は悪魔人の召還士だ。名はニウベルグ。かなりハイレベルな魔法を使う男で、今のお前じゃ10人いても敵わない。私はすぐ戻る。それまで、何も手を出さずに待っていろ。なに、私だってはらわた煮えくり返っているんだ。逃がしはしない」
 先ほどまでの言葉と違い、今度は安心させるような言葉だ。メミカは涙を目に浮かべ、頷いた。
「いい子だ。さて、バルさん」
「何か?」
 ライアは手を引っ込め、バルに話しかけた。
「非常に勝手な願いではあるが、この子をしばらく頼めないだろうか。私は1両日中には戻るつもりで、算段もついてはいるが、その間に何が起こるかわからない。面倒ならば、拒否しても構わない」
 その真剣な瞳に、バルは一瞬心を飲まれそうになった。昨日までならば、今日中には月夜亭に帰るつもりだった。だが、ライアとメミカは今、緊急事態に陥っている。それを放って行くほど、バルは冷酷になりきれない。
「…わかりました」
 ふふっと笑い、バルは承諾した。
「助かるよ。何から何まで、ありがとう」
 ライアが頭を下げ、礼を言った。邪な気が、バルに無かったと言えば、嘘になる。この土地で栽培している茶は、独特の風味で大変美味だ。この村、メイゥギウにバルが来たのも、その茶を買うためである。ライアの家でもその茶を栽培しており、もしかしたらそれをまた飲めるかも知れないと、密かに思っていた。だから、礼を言われると、その邪な気持ちがあるのに申し訳ないという気になってしまう。
「真犯人は、その男で合っているんですか?」
 最後に念押しするように、メミカが聞いた。
「ああ。お前達は見ていなかったのか?」
「ええ、その男が火をつけるところは見ていなくて…」
 ライアの問いに、メミカがしょんぼりとした。
「そう、か。わかった」
 何か、考え込む様子で、ライアが俯いた。この様子では、どうやらライアはその男が火を付けるところを見たのだろう。
「…じゃあ、また来ます。どうかご無事で…」
「大丈夫、お前が次来る前に出るつもりだよ。泣くんじゃない」
 涙をぽろぽろ零すメミカに、ライアが優しく言った。メミカとバルは、2人連れだって部屋の外に出て、後にはライア1人が残された。
「育ての親、か…」
 外から入ってくる光を、顔に浴びながら、ライアが呟いた。
「エニース家の末裔が、こんな立派な子に育ったと知ったら、産みの親もきっと誇らしいだろうよ」


次へ進む
Novelへ戻る