「無事でよかった。怪我はないかい?」
すっかり火の消えた村長屋敷の前。野次馬が後かたづけをしているところから、少し離れた家の前で、バスァレがくすくすと笑った。
「ああ。全く」
体についた灰を払い、バルが答える。
「そうかい。あの燃えさかる中に入ってよく無事でいられたねえ。君はだいぶ運がいいみたいだ」
このバスァレという少年は、前会ったときと全く同じ、ふざけているのか本気なのか、わからないような態度を取っていた。
「この人は?」
後ろにいたメミカが、ぐったりしたスウを抱きながら、バスァレの顔を覗き込む。
「僕はバスァレ・ソウ。少し、この地方の過去に興味がある、ただの妖精さ」
大仰に会釈をするバスァレ。メミカがぽかーんとした顔をして、バスァレの顔を見つめ返した。
「その子は魔法を使いすぎて、倒れてしまったみたいだね。よく寝てる。ゆっくり寝かせてあげるといい」
スウの方を、バスァレがちらりと見た。
「ああ、そうするつもりだ」
いくらか警戒しながら、バルもスウの方を見た。言われなくてもわかってる、と言おうとしたバルだが、やめることにした。彼は信用できない気配を醸し出してはいるが、敵意は見あたらない。ここでバルが敵意を出す意味はない。
スウは、メミカの腕の中で、寝息を立てていた。だいぶ疲れているのだろう、体は力が抜けきってぐにゃぐにゃだ。メミカがスウの髪を手で梳いて、頭を撫でる。
「そうだ。結局、君が指輪を持っていたんだな」
「あ…」
バスァレに指摘され、バルはしまったという顔をした。さっきから、指輪をしたままだったのだ。油断無く、バルが一歩下がる。
「警戒する必要はないよ。それについて、君を責めるようなことはしないさ」
「そうかい。俺はなんだか、君を信用出来なくてね」
「ははは。旅人君は面白いな。僕ほど裏表がない人間もそうおらんよ」
相変わらず、思考の読めないその笑いに、バルは警戒を崩さない。指輪を奪われるようなことも、ないとは言い切れないからだ。
「じゃあ、私はこの子をベッドに寝かせてくるわ」
「わかった。お願い」
ずるずると尾の先を引きずり、メミカが通りを行く。彼女もだいぶ疲れてしまった様子だ。元気がない。
「…さて。俺は君に聞きたいことがある。なぜこの村に、君がいる?」
バルが壁に背を預けた。
「この村のちょうど地下には、メースニャカの地下宮殿がある。僕はそこで、赤い指輪を手に入れなければならない」
バルの横の壁に、バスァレも背を預けた。2人の目の前を、焦げた木材を担いだ獣人の男が歩いていった。
「指輪ねえ。何でこんな物が欲しいんだい?古物商とかトレジャーハンターなのかい?」
指輪を外したバルは、それを明かりに向かって透かした。青い金属は、ランタンの火を受けてきらきらと輝いた。
「その指輪には力がある。他の2つの指輪にも。僕は力が必要でね」
「力か。その力の使い道は、なんとなく想像出来る」
バスァレのことを、バルが横目に睨む。
「恐らく、君の思っているような用途じゃないな。力を使う必要があるんだ。少しでも多くの力が、僕には必要なんだなあ」
くすりと笑うバスァレ。刹那、バルはその顔に、女性的なものを感じた。彼は少年だとばかり思っていたが、もしかしたら少女なのかも知れない。性別を訪ねようかと、バルは一瞬考えて、やめにした。彼だろうが彼女だろうが、あまり関係のないことだ。
「なぜと聞いて、君は答える気はあるかい?」
「今のところはないねえ。そのうちわかるはずさ」
「そのうち、ね。わかる日が来ればいいけど」
バルは頭を掻いた。さっきまで、この少年について何もわからない、得体の知れない相手だった。今こうして話していると、彼は何か巨大な物を抱え込んでいるように感じられた。それが何かはわからないが。
「…ああ、そうそう。君に教えておいてあげよう。あれを見ておくれ」
バスァレが屋敷の向こう側を指さした。何も特別な物は見えない。
「そっちじゃない。もっと右だ」
バスァレに言われたバルは、よく目を凝らして、屋敷の向こう側を右方向に覗き込んだ。
「あ…」
ライアがいた。ライアは、兵士のような格好のラミアに、何か質問をされているようだった。それだけならまだいいが、ライアの様子が普通ではない。手首には手枷をはめられている。
「今回の火事の放火犯として、目撃情報があったらしいよ。かわいそうにねえ、手枷の他には、魔法を使えないように魔法枷もはめられている。あの首輪がそうだね」
確かにライアは首輪をしている。黒く、装飾もない首輪だった。あれが魔法枷だと言うのならば、ライアは今魔法の使えないただのラミアになっている。
「ライアさんが…嘘だろ?そんなはずない、助けに…」
「まあ待ちなよ、旅人君」
走り出そうとしたバルの肩を、バスァレが無造作に掴む。ただ掴まれただけなのに、バルはそれ以上前に進めなくなった。すごい腕力だ。
「君の言うとおり、僕も濡れ衣だと思う。恐らくだが、君は真犯人を知っている。でも、証拠がないだろう?僕は、まず証拠集めをするべきだと思うんだよねえ。冷静に行動しないと」
にやにやしているバスァレ。バルはその笑い方にむっとした。
「…バスァレ。君は何を知っている?」
「何も。何でそう思ったのかな?」
バルの冷たい視線も、バスァレは意に介しない。彼の小馬鹿にしたような態度に、バルは腹が立ったが、今ここで言い合いをしても何か益が出るわけでもない。バルは怒りを噛み殺した。
「まあ…残念ながら、僕には手助け出来ないなあ。君が冷静な行動を取ってくれるように、願うばかりだよ。じゃあ、僕はこれで」
バスァレは片手を軽く上げ、メインストリートの人混みに紛れていった。後に残されたバルは、とりあえず何があったのか聞こうと、ライアの方へ行こうとした。だが、拘束されたライアは、兵士2人にどこかへ連れ去られてしまった。これから裁判ということになるのだろうか。この村の司法の仕組みがどうなっているかは知らないが、すぐに解放されることはないだろう。
「そういえば…」
なぜバスァレは、ライアと自分が知り合いだったことを知っていたのだろうか。自分はそれをバスァレに言った覚えはない。メミカを、ライアの元にいる見習いだと知っての発言だったのだろうか。
『まあ…』
考えても仕方のないことだ。バルは、バスァレについてのことを考えるのをやめた。
「ライアさん…」
メミカがこのことを知ったらどんな顔をするだろう。想像したくはないが、知らせないわけにも行くまい。重い気持ちを抱えたまま、バルはライアの家へ戻ることにした。主の帰ることのない、寂しい家に。
村長とキュリクは助かった。だが、ライアは捕まった。恐らくは濡れ衣のはずだ。
バルは、メミカは、スウはどうなるのだろう。
(続く)
前へ戻る
Novelへ戻る