遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 4話「トリャン山&メイゥギウ村」



 犬獣人の少年旅人であるバルハルトは、正午近くのひとときを、彼の泊まる宿屋「月夜亭」で過ごしていた。彼は今、ランドスケープという王国に滞在している。この国には、彼が2年間旅をしてきて、1度も見たことのないものが多数あった。遺跡、自然、そして魔物。LD歴1304年、この世界にはいきなり魔物や怪物と言った存在が現れた。これは、遺跡を作り出した旧世界の古代人が作り出したものであり、何らかの原因で世に解き放たれてしまった者達である。明確な敵意、遺跡に進入する者を攻撃する敵性、彼らは人間達の脅威になっていた。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
 大きな鳥の羽を持ち、茶色のストレートヘアを持つ色白な女性が、ティーポットを持ってバルの顔を覗き込む。彼女が、この月夜亭を経営するロザリア・マイセンである。もう1人、黒髪パーマで山羊のような角とコウモリのような羽を持つ悪魔人、エミー・マイセンと一緒に、この月夜亭を経営している。エミーは今、外に買い出しに行っていて留守である。
「ありがとう」
 空になったティーカップを差し出すバル。ロザリアはにっこり笑って、そのカップに茶を注いだ。1階にある食堂には、バルとロザリアしかいない。テーブルの上の皿には、ロザリアが焼いたクッキーが山盛りになっていた。
「よいしょー」
 2階へ行く階段の手すりを、すすすと女の子が滑り降りてくる。青い髪と茶色の肌をした、ヒューマンの彼女の名前はスウ。近くに住む占い師、イルコの孫であり、エミーやロザリアととても仲のいい少女だ。以前、バルは彼女のことを助けたことがあり、それから懐かれている。
「スウちゃんも、お菓子をどうぞ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
 スウがテーブルまで駆け寄り、イスをべたべた触って座った。イルコに聞いた話によると、スウは生まれつきあまり目がよくないのだそうだ。明るいところではまだいいが、暗いところになると、人2人分離れた他者の顔すら見分けが付かなくなるらしい。その代わりと言うわけでもないだろうが、彼女は生まれつき、強力な魔法の力を持っている。
『魔法、か』
 バルは茶を飲みながら、以前入手した指輪のことを思い出した。つい数日前、バルはこの街の近くにある森で、カルバという星神を祭った遺跡に入った。ここに入ったのは、このランドスケープ王国の姫君であるシンデレラが、行方不明である彼女の兄ロビンの目撃情報を聞いたからだ。バルは半ば強制的に、シンデレラとパーティを組み、遺跡に入ることになった。
 一番奥で、バルが見つけたのが、この指輪だ。全体的に青い金属で作られた指輪で、金属の光沢を放っている。シンデレラが言うには、指輪には弱からぬ魔法力が込められているとのことだ。
 バルは、この指輪のことを知るために、知り合いで占い師であるイルコ婆に聞いたり、街の宝石商で鑑定を依頼したりしたが、見た目でバルが理解した以上の情報を得ることは出来なかった。図書館で本を探しても、指輪のことについて書かれた本はない。
 もう1つ気がかりなのは、この指輪を欲しがっていた輩がいたということだ。名前はバスァレ、妖精族の少年で、バルとシンデレラが遺跡から出たときにコンタクトをかけてきた。彼から何かよからぬ雰囲気を感じたバルは、指輪を所持していないと嘘をついてその場を逃れた。現時点では、指輪はバルの手の内にある。きっとまた彼と相まみえることになるだろう。
「そうそう。この宿の向かいにあった雑貨屋さん。店を畳んで引っ越すそうなんです」
「ええ?本当に?」
 ロザリアの振った話題に、バルが食いつく。夕方に雑貨屋に寄り、夜食や薬などを買い足して宿に戻るというのが、バルの1日の日課となっていた。もし店がなくなるのだったら、この路地に入る前にある、別の雑貨屋に変えなければならない。
「ほら、ここって遺跡の入り口が近いでしょう?だから、お客さんが来なくなっちゃったらしいんです。店も格安で売りに出されちゃって…ほら」
 窓から外を指さすロザリア。昨日まではなかった掛け看板が出ており、値段が書いてある。バルがいつも食べるクロワッサンの値段と比較して考えると、その店が安いことがよくわかった。
「残念だなあ…」
 ぽつりと呟くバル。好きでも嫌いでもない店だったが、なくなるには少し惜しい店だった。
「ふう…もう1度、お茶のおかわりをいただけますか?」
 バルはコップを空にして、ロザリアに差し出した。この茶は、普通に流通している紅茶とは少々品種が違うようで、灰色がかった茶色をしている。風味は独特、いくら飲んでも飽きない味で、その味がバルはすっかり気に入った。
「ええと、今また淹れ直して…あら、もう茶葉がないわ」
 茶葉を入れていたガラス容器を見て、ロザリアがあたふたした。瓶の中の茶葉は、もう残りが少ししかない。
「それならば、茶屋に行ってきましょうか?」
「ああ、助かります。でも、あるかどうか…これは、このランドスケープ王国原産の物ではありますが、少量しか採れないらしくて、あまり流通していないのです」
 茶葉の瓶を見せるロザリア。貼られているラベルには、ランドスケープ王国の文字がある。蛇がとぐろを巻いているパッケージは、茶というよりは武器か何かの紋章のようだ。
「そんなに貴重な物だったんですか?だいぶ飲んじゃったなあ…申し訳ない」
 バルが頭を下げる。少し、調子に乗りすぎたようだ。どうも、他人に茶や菓子を振る舞われると、茶葉や小麦の値を忘れてたっぷりと食べてしまう嫌いがある。宿によっては、図々しい客だとあからさまに宿主の態度が変わる場合もあるし、自重しなければいけないのだが…。
「いえいえ、いいんですよ。誰かに飲んでもらってこそのお茶ですから」
 ロザリアは怒ることもなく、にっこり笑って返事をした。
「このお茶のお店、スウも好き。スウも行く〜」
「そうだね、一緒に行こうか。じゃあ、ちょっと行って来ます。瓶、借りていきますね」
 勢いよく駈けだしたスウの後に、バルがついていく。恐らく、行き先はスウが知っているはずだ。
「バルハルトさん、スウちゃん、ありがとうございます。じゃあその間に、私はクッキーの焼き増しをしていますね」
「うん、お願いします」
 ばたん
 最後にバルは、ドアが閉まる音と共に、ロザリアの言葉に返事をした。


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