それから2人は、何とか外に出ることに成功した。ピラミッドの一部が破損したらしく、正面の階段の横に小さな隙間が出来ていた。そこに行くまでに、バルとシンデレラは何度か魔物と交戦することにはなったが、あの翼竜に比べればそれほど危険な相手でもない。2人が外に出ると、鮮やかな夕焼けが沈んでいくところだった。
「…疲れましたわ。結局、お兄さまの手がかりは、何一つと言ってなかったし…骨折り損ね」
 カルバ遺跡の門を出たところで、シンデレラが肩を落とす。
「ええ。正直、こんなに冒険をするはめになるとは…」
 バルはそこまで言って口をつぐんだ。夕日に照らされる石畳に、小さな人影が立っていた。背に夕日を背負い、顔がよく見えない。危険な予感がしたバルが、腰のナイフに手をかける。
「君たち。この遺跡に入っていたの?」
 高い声で、人影が言葉を発した。会話が出来ない相手ではなさそうだ。
「ああ。君は誰だ?」
 油断なくナイフを握ったまま、バルが人影に問いかけた。人影はくすくすと笑ったようで、小さな足音を立ててバルとシンデレラに近づいてきた。
「僕はバスァレ・ソウ。君たちで言うところの妖精族だ。この地方に来て数十年、過去を知ろうとする人間さ。ほら、僕は自己紹介をしたんだ。次は君たちの番だ。早く」
 足を止めることなく、そのバスァレと名乗る妖精が、バルとシンデレラをせかした。バルとシンデレラは、お互いに顔を見合わせた。
「…俺はバルハルト・スラック。獣人で旅人だ」
「ワタクシはシンデレラ・ランドスケープ。この国の王女ですわ」
 戸惑いながらも、2人が自己紹介をする。
「旅人に姫君か。君たちは、今何をしてきたか、理解をしているのかい?」
 2人の目の前に立ち、バスァレは足を止めた。彼はきれいな顔をした少年で、着ているのは白くて手足の先が広がっている全身スーツだった。髪は天を目指すかのように立ち、黄緑色をしている。
「その顔は理解していないという顔だな。ま、いいや。悪いことをしたととがめるつもりはないから、安心して。むしろいいことをした。どうやって門を開けようか考えていたが、開けてくれて助かったよ」
 敵意のない顔でにっこりと笑うバスァレ。敵意はないが、何か信用出来ないような臭いが、彼から漂ってくる。本当に臭いがするわけではない。仕草や言葉のアクセントが、人をだます輩のそれとそっくりなのだ。
「そうだ…もしかして今、君たちは指輪を持っているかな。青い指輪。どう?」
 バスァレが、まるで心の中を見透かすような目でバルを見た。そして次に、シンデレラを見た。
「いや…持ってないな。青い宝石がついているのかい?」
 出来るだけ自然を装い、バルは嘘をついた。信用してない相手に対して、本当のことは言いたくない。バルはシンデレラに、こいつを信用してはいけないと言う視線を送った。シンデレラもそう思っていたようで、小さく頷く。
「持ってないの?」
 呆れたような、驚いたような顔をして、バスァレがはぁと息をつく。
「この遺跡の中には、青い金属で出来た指輪がある。僕はそれを求めてここに来た。もし持っていたら、是非とも譲って欲しかったんだけど…ま、いいや。自分で探そう。じゃあね」
 バスァレは2人の間を抜け、遺跡の方へ歩いていく。
「待って。あなたがもしどこかで、青年を見かけることがあったら、報せて欲しいのです」
 バスァレの背中に、シンデレラが声をかけた。バルは、シンデレラを止めるべきか、一瞬迷った。シンデレラの言う青年というのは、ロビンのことだろう。相手は信用できるかわからない人間だ。王家の弱みなど見せては、どうなるかわからない。だが、バルはシンデレラの目を見て、それを思いとどまった。彼女には何か考えがある様子だ。
「青年?どんな?」
「狐系で金色の毛をしたの獣人で、年は18程度、背は高く、弓を持っています。長い間行方不明なのです」
「ふぅん…姫様に探してもらえるなんて、よっぽどの幸せ者だね」
 バスァレがくすくすと笑った。まだその青年のことを、ロビンとは言っていないのに、バスァレはまるでそれを知っているかのような顔をする。油断ならない。
「わかった。僕はお城に自由に入れる。何かわかったら報せに行くよ」
「お城に?あなたは兵士?それとも、使用人?」
 バスァレの言葉に、シンデレラが耳をぴくりと動かした。
「ははは、僕が兵士や使用人だって?面白いことを言うねえ」
 愉快そうに笑うバスァレ。城に入れるのは、休廷御用達の職人達か、兵士や使用人などだけだ。全く無関係な人間は、通常は門から中に入ることすら許されないはずなのだが、彼はそのどれに属する人間なのかがわからない。
「とすると、職人かな。指輪を欲しがってるらしいし、宝石職人とか?」
「外れ。職人でもないよ。まあ、そのうちわかるさ」
 当てずっぽうに物を言うバル。バスァレは笑ったまま、首を横に振った。
「指輪が欲しいのには、ちょっと理由があってね。別にそれを扱う職をしているわけじゃない」
「生半可な覚悟ならばやめた方がいいよ。中は危険な魔物でいっぱいだし、並の装備じゃ怪我をする」
「おやおや、旅人君は優しいねえ。旅人は、もっと素っ気なくて攻撃的だと思ってた。ありがとう、でも大丈夫」
 バルの言葉に、バスァレはまたくすくすと笑った。バルは心配して言っているというよりは、中の様子を彼に見られるのが嫌だったのだ。魔物の死骸や、指輪の祭壇の仕掛けなどを見れば、バルが指輪を持っていることが彼にわかってしまう。バスァレが指輪を必要とする理由はわからないが、争いになるかも知れない。それならばいっそ渡すかとも考えたが、この指輪の魔法力を彼がよからぬことに使わないと言う保証はどこにもないのだ。
「そうそう。フェンウェルは元気にしてる?もし会ったら、バスァレがよろしく言っていたって言っておいて。彼に、僕のことを聞くといいよ」
 最後に、捨てぜりふのような言葉を残して、バスァレは遺跡に入っていった。フェンウェルという名前に、シンデレラが耳をぴくりと動かす。
「得体の知れないやつだったなあ。ところで、フェンウェルっていうのは知り合いですか?」
 ナイフの柄から手を離し、バルがシンデレラに問いかけた。
「ええ…ワタクシのお父様の名前よ」
 シンデレラはきびすを返して街の方へ歩く。
「バスァレ、か」
 バルが、小さな声でつぶやいた。彼とは、また会うような気がする。
「ん…」
 バルは指輪を取り出し、まじまじと見つめた。とりあえず、この青い指輪について、調べなければならない。バスァレがこの指輪のことを知っていると言うことは、どこかにこの指輪について知っている人物がいるか、指輪のことが記された書があるということだ。まさか彼も、何もないところから知識を得ることは出来ないはずである。明日にもう一度図書館に行こうと考え、バルは指輪をポケットにしまった。

 星神カルバのピラミッド。そこにあったのは、魔法力の感じられる青い指輪。この指輪は一体なんなのか。どんな力が秘められているのだろうか。


 (続く)


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