「…はっ」
バルはベッドの上で目を覚ました。ハーフパンツにTシャツ、そして包帯だけの姿になっている。彼の目の前に広がる天井には見覚えがある。月夜亭、バルの借りている部屋の天井だ。
「ああ…そうか…」
さっきまでのことを、バルは思い出した。リキルに肩を借り、しばらく歩いていたバルだが、唐突な眠気に襲われた。痛みから来る物なのか、それとも緊張から解放されたからなのかはわからない。バルは陣地に着くなり、大きくて平らな岩の上に横になった。横でリキルと商人が何かを話しているのを聞きながら、彼の意識は暗転したのだ。
「荷物は…」
バルがベッドから降りた。部屋の隅に、バルの背負っていた鞄が置いてあった。鞄を開け、中を確かめるバル。あのとき落とした物は、誰かが拾ってくれたようで、欠けることなく全ての物が入っている。
「ん…?」
鞄の隅の方で何かが光った。手を突っ込み、光った物を取り出す。それは、あの森で拾った金属のカードだった。結局、これは何に使う物なのかわからない。また、知っていそうな人間に聞きに行かないと。
カチャ…
「あ…気が付いた?」
部屋の扉が開き、エミーが入ってきた。その手には、タオルと洗面器があった。
「俺、どれぐらい寝てた?」
「2時間くらいかな。まだ外は夜だよ」
そう言われてバルは天窓から外を見た。確かに、まだ星が輝いている。星の合間に、細い雲がすうっと通っている。あの程度の雲ならば、明日も晴れることだろう。
「お兄さん、怪我してるんだもの。びっくりしたよ。リキルさんは下にいるよ」
タオルを水で濡らし、エミーがバルの顔を拭いた。
「ありがとう。リキルはなぜここに?」
タオルを受け取り、バルが自分で顔を拭く。
「お兄さんと荷物をここまで運んできてくれたのよ。今は下で、ロザリアの淹れたコーヒーを飲んでる」
「そうか…礼を言わないと」
置いてあった靴を履くバル。思えば、今までずっと裸足だった。
「下に行ってる間にシーツを直しておくわ。行ってらっしゃいな」
エミーは、部屋の中を軽く片づけ始めた。そんなエミーを置いて、バルは部屋を出て、下の階に降りた。
「バル。もう大丈夫なのか?」
中央のテーブルで、ロザリアと一緒にコーヒーを飲んでいたリキルが、バルの方を振り返った。
「うん。気分はだいぶいいよ」
バルがテーブルに座る。バルの前に、エミーはコーヒーを淹れたカップを置いた。
「よかった。小隊長やあの商人が、君のことを心配してたんだ」
くい
自身の口にカップをつけ、リキルが軽く傾けた。
「バルハルトさん、痛いところはもうありませんか?お薬はまだありますけど…」
ロザリアが立ち上がり、バルの周りをくるくる回る。その手には、前にバルが怪我をしたときに塗った、傷薬の瓶があった。
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
「そうですか?また痛くなったら言ってくださいね?」
軽く体を動かし、無事だと示すバルに、ロザリアは心配そうに言った。
「俺と荷物をここまで運んできてくれたことを聞いたよ。ありがとう」
バルがリキルの手を握る。
「大したことじゃないさ。重量上げのバーベルよりは軽い」
「いやいや、本当に助かったよ。あそこで気を失うとは、自分でも思ってなかったんだ」
ひとしきり握手をした後、バルはリキルの手を離した。
「そうだ。これ、商人から君に、お礼だそうだ。あのブローチを手に入れた時と同じ時に、この腕輪も手に入れたらしい」
こと
テーブルの上に腕輪を置くリキル。シルバーカラーで、ツタがからみつくようなデザインの、細めの腕輪だ。貴金属は自分に似合わない、と思いながらも、バルは試しにそれを腕にはめた。
「ん?」
腕輪には3箇所、小さなくぼみがあった。同じ円周の120度ごとに、くぼみが1つずつだ。形から見て、宝石か何かをはめていたのだろう。そういえば、あのブローチにも宝石が3つはめてあった。同じ系統のアクセサリなのだろうか。
「マーブルフォレストの件は、もうすっかり片づいたよ。あの大きな狼がいなくなった途端に、残りの魔物は散り散りになって逃げていった。あの商人の財産も、8割くらいは無傷で戻ってきたし、ひとまずはおしまいだ」
「そうか…俺が寝てる間に、いろいろあったんだな」
リキルの向かい側に、バルが座る。
「しかし、なんだかあの狼は不思議な感じがしたね。普通の魔物とは少し違うような…いいや、僕の感じたところなんだけど」
鼻を指で掻いて、リキルが言う。彼の考えに、バルは同感だ。あの狼は、今まで出会った普通の魔物とは違う、何か気品のようなものを感じた。魔物と言えば、考え無しに無茶苦茶に人を襲うだけのものであったはずなのに、あの狼は知性がある様子だったし、バルとリキルを置いてどこかへ去っていった。一体、何だと言うのだろうか。
「さーて、と。僕はそろそろ城に帰ろう。実は僕も、商人からお礼をもらってね。古いアクセサリなんだが、面白い文様があったから、調べてみたいんだ」
がたっ
リキルがカップを置いて立ち上がった。
「今日は遅くまで…」
「いえいえ、こちらこそ…」
ロザリアとリキルが、丁寧に挨拶をする。その2人を後ろから見ながら、バルはもう一度腕輪を見つめた。さっきリキルは、彼がもらったアクセサリに文様が刻まれていると言った。よく見ると、バルの腕輪にも文様がある。腕輪に描かれている文様は、拾った鉄製のカードと同じような形をしていた。何か、関連性があるのだろうか。今日通った通りには、骨董屋が1店あった。明日、明るくなってから訪ねてみよう。
「バルハルトさん、無事で何よりでしたよ。今、お夕飯の支度をしますね」
ぱたんと戸を閉めて、ロザリアが部屋の中に振り返った。彼女の微笑みは、安心できるものがある。ぱたぱたと、厨房の方へ向かうロザリアを、バルは目で追った。
「スープを暖め直します。用意が出来たら呼びますから、腕輪を上に置いてきたらいかがですか?」
「ああ、うん。ありがとう」
ロザリアに言われ、バルは階段を昇った。
「っと、ごめん」
狭い階段で、エミーとすれ違う。横をすり抜け、バルは自室に戻った。
「ふう…」
物入れの中から、バルは1冊の本を取りだした。何かあった日には、バルは日記を書くことにしている。机のランプを灯し、置いてあった鉛筆を手に取ったバルは、日記を書き始めた。
街中にある、地下迷宮とは違った、2つ目の遺跡。彼が邂逅したのは、星神カルバを祭るピラミッド。この先には一体、何があるのか…。
(続く)
前へ戻る
Novelへ戻る