遙か昔。この星には眠らない街と素晴らしい文明がありました。空を飛ぶ機械。自由自在に海の底を潜ることが出来る乗り物。星の世界、宇宙にまで飛んでいった人工の船。それらは人々の世界を豊かにし、すべての人々は楽に暮らしておりました。
 そのころの人々は外見的差異がなく、みんな同じ姿をしていました。彼ら、毛皮を持たない人々は、今では考えられないほどの知恵を持っていました。
 しかし、その文明は何故か滅んでしまいました。今に残るのは遺跡だけ。何故彼らが滅んだのか、それは誰にもわからないのです…


 アニマリック・シヴィライゼーション
 10話「王都にて」



 暗く、じめじめとした洞窟だった。気温も湿度も高く、それに伴って不快指数も高い。洞窟の中には、ヘドロのような臭いがたちこめる。暗く、明かりと言えば、そこに置いてあるオイル式ランプのみだ。その洞窟内に、1人の男が佇んでいた。病的に白い肌、細身だががっしりとした筋肉、頭には毛が無く、短い角が2本生えている。その男は、イスのようになっている岩に座り、物も言わずランプの火を見つめている。
 男は、悪魔人という、亜人の種族だ。筋力はヒューマンと同じ、魔力はヒューマンより強く、悪の気質を持つ人間が多いという。ここにいるこの男も、悪の気質を強く持つ男だ。そのことは、男の顔からも推察出来る。何をするわけでもないのに、人を食い殺しそうな恐ろしい目。明らかにまともなことをしている人間ではない。
「ここにいたのか」
 洞窟の手前から、1人の狐獣人の青年が入ってきた。茶色く美しい毛並みに、しなやかな体。言葉のアクセントや動作の1つ1つから、育ちの良さが伺える。
「ロビンか…何か?」
 悪魔人の男が、顔もあげずに聞く。
「街に行かせていた密偵から伝令だ。確かに、あそこの地下に、目的のものがあるようだ」
「そうかいそうかい。調べたかいがあったってもんだな」
 ロビンと呼ばれた獣人男の言葉に、悪魔人がにやりと笑った。
「密偵は、入り口を発見してから、再度報告に来ると言っていた。それまで、あちらの方には手が出せない」
 向かい側にロビンが座る。
「じゃあ、海の方だな。船の手配は出来るか?」
 頭を掻き、悪魔人が聞く。
「もちろんだ。どれぐらいまでに必要だ?」
「すぐにでも」
「わかった。なんとかしよう」
 ロビンが立ち上がり、洞窟の出口の方へ足を向ける。
「…そうそう」
 立ち止まったロビンは、悪魔男に背を向けたまま、口を開いた。
「ポイザンソの件は、既に王国には知れ渡っているようだ。悪魔人の召還士と獣人男のせいだと」
 悪魔男は何も答えない。ロビンは呆れたように、ふうと息をついた。
「貴様があそこまでのことをするとは、正直驚いた。私はどうも貴様を甘く見ていたようだよ」
「そうかい」
 怒りを含んだロビンの声に、挑発するような声で悪魔人が答える。
「…お前は、根っからの悪人だ。いや、人間ではない」
 きっぱりと言い切ったロビンは、再度、悪魔人の方を向き直った。
「一体どれだけの、関係のない人間に、苦痛を与えたんだ?お前の本当の目的はなんだ?」
 怯えるような、それでいて怒りを含んだロビンの声が、悪魔男を射抜いた。返事をしない悪魔男に業を煮やしたロビンは、悪魔男のシャツの胸元を掴んだ。
「まあ、わめくなよ」
 その手を、悪魔男が掴み、外した。
「俺はただ、頼まれたから、行動しているだけだ。わかるだろう?」
「何?」
 飄々とした態度を取る悪魔男に、ロビンが牙をむき出す。
「そこにいる奴は、ずっと土の中に埋もれていたのを、俺に発見された。そして、願った。元の姿に戻りたいとな。俺は、それを叶えようとしてるだけだぜ?」
 暗がりを指さす悪魔男。そこには、「何か」がいた。黒い、霧のような塊。よく目を懲らさなければ、そこに何かがいることすら気が付かない。有り体に言うならば、影のような姿をしている。
「そのために、人々がどれだけ…」
 ロビンは、何かを言おうとしたが、途中で口をつぐんだ。もう言っても無駄だと思っているのか、あるいは…。
「…相変わらず、不気味な存在だ。これは本当に、神、なのか?」
 暗がりの塊をちらと見て、ロビンが言う。
「自分でそう言ってるんだ。きっとそうなんだろうぜ」
 にやり、と悪魔男が笑う。その笑みに呼応して、塊がゆらりと動いた。
「これを、助けて、お前はどうするつもりだ?」
 それは、根本的な質問。悪魔男の、行動に関する、根本的な質問だった。悪魔男は、にやっとしたまま、何も言わない。
「…船の手配をしてくる。お前は動くな、目立ちすぎる」
「わかった」
 諦めたように、ロビンが外へと向かう。後に残された悪魔男は、ゆっくりと暗がりの塊に近づいた。
「ウ、オ、ア」
 塊が、何かを言おうとしている。まるで、岩を擦り会わせたかのような、聞き取りにくい声。その姿も相まって、見る者をぞっとさせる。
「お前は、俺の目的に過ぎん。ババアが俺に命令したからじゃない、俺は俺の意志で、お前を復活させてやる。理解しているか?」
 悪魔男が塊を見下し、声をかけた。
「わ、カ、ッテ、イる」
 塊が返事をした。
「いいだろう」
 満足そうに頷き、男が塊から遠ざかる。
「さあ、楽しくなりそうだ」
 男は、暗闇の中、一人で気味悪く微笑んだ。


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