突然ですが、私はファミリーなレストランがとても好きです。安いとか入りやすいとかそういった理由ももちろんあるんですが、そういうことではなく、あのずらーっと並んだメニューの中から好きな一品を選ぶわくわく感と言うのがとても好きなんです。ラーメン屋やなんかでは感じることの出来ない、多種多様なメニューから自分の好きな組み合わせを作るあの快感は、自分が庶民であると言うことを十二分に思い知らせてくれます。
 中でも、イタリアンなファミレスであるサイゼリアはとても好きです。特にモッツァレラチーズというものは、サイゼリアで初めて食べてからこっち、ずっとフェイバリットの中に鎮座しております。元より、パスタやドリアなどが好きなので、サイゼリアを好きになる要素はあったわけです。

 そのサイゼリアなんですが、訪れるお客さんを退屈させないためか、間違い探しなるものがおいてあります。お子さんのために用意してあるもので、右と左の絵で間違いが大体6つから7つあり、それを見つけてくださいという内容です。友人知人とサイゼリアに行ったとき、その間違い探しを見つけて、子供向けだからきっと簡単に違いない、と思ったわけです。
 ところが、なかなかどうして、間違い探しはレベルが高く、4つや5つは間違いを発見することは出来てもそれ以上にはなかなか至ることが出来ません。この間違いはさっき発見したやつだとか、ここは間違いに見えるけど別に間違っていないとか、そんなことを話している間に、5分が過ぎ、10分が過ぎ、食事が到着し、最終的に全てを食べ終わってもまだ最後の間違いを発見することは出来ませんでした。
 そこでふと思ったのが、お子さんならばこういうのも実はすんなりやってしまうのではないかと言うことです。こういった思考パズルの類なんかは、どこをどうやったのか、大人より子供の方が上手い場合があります。大人が手こずるような作業を、子供がすんなりとやってしまった、というパターンも決して少なくはありません。なのでもしかしたら、子供には簡単に出来る間違い探しに、大人がやっきになってしまったというパターンなのかも知れません。
 こういった洞察力なんかは、確かに子供の方が優れていると思う部分があります。例えば、知育玩具として名高いレゴ。あれは、部品を大きなケースなどに入れて、遊ぶときに中に手を入れて必要なパーツを取り出す、という形で遊んでいるご家庭がほとんどだと思われます。その中で、子供はケースの中に埋もれている「必要なパーツ」というのを、大体どこにあるかを把握し、ぴたっと探し出すんですね。
 例えば、剣やピストルと言ったパーツなんかは、ブロックパーツよりも小さなものです。我々は理論的に、小さいから細かいところに入り込んで、軽いから下に溜まって…なんてこと考えるんですが、子供は経験則か直感か、どこにあるのかを大体で見つけてしまうんです。ゲームなんかでもそうで、どこにアイテムがあるのかが明確でない3Dゲームなどをプレイしていても、子供はどの形をしたどんな記号のオブジェクトがアイテムであるかというパターンを容易に作り上げ、簡単にアイテムを拾っていくんですね。暗闇の中で光るとか、そういったわかりやすさがないゲームでも、アイテムを取得できるあの能力には舌を巻きます。
 私も、きっとかつてはあのような能力やスキルがあったはずなんですが、今ではすっかり消え去ってしまったようです。歳月矢の如し、猛き者もいつかは滅びよう話なんですが、少々寂しくはあります。と言うわけで、今度サイゼリアに行くときには、間違い探しをコンプリートしてから帰ってこようと、そう思うわけです。
 
 (記載日:2010/9/18)


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