突然ですが、私は救いのない話が苦手です。普通のホラーに関しては、ある程度大丈夫ですが、世界崩壊物などはとても苦手です。
 人間というものは希望を持って生きているものだと思います。先に進むことが出来るのは、希望のおかげだと。本当に絶望的な状況になることは少ないでしょうが、そういった状況になると想像すると、怖くなります。
 救いのない世界崩壊物とはどのようなもののことを言うのか。例えを出させていただくと、楳図かずお氏の「漂流教室」などがそれに当たると思います。この漫画を初めて読んだのは、まだインターネットも知らない、義務教育生だったころ。某立ち読みOKの古本屋で、文庫版の1巻を見つけ、暇つぶしに立ち読みをしようと思いました。それで、一息に1巻を読み終わったのですが、その世界観や人間模様にすさまじい衝撃を受けました。絵の怖さも相まって、ある種のトラウマになり、今でも1巻より先を読むことが出来ていません。
 なんでこういう話をしようと思ったかというと、ついこの間に某立ち読みOKの古本屋に行ったとき、別の漫画を立ち読みしたからなんですね。友人に勧められていた「EDEN 〜It's an Endless World!〜」と、ケモナーにはある種有名になっている「いばらの王」の2作品。どちらも、崩壊後の世界観を扱っていて、また怖くなってしまいました。世界を崩壊させているファクターは別物なのですが、人間が恐怖に逃げまどう様を見ると、怖くなります。バイオハザードのようなものは平気なのですが、もしあの話が「世界はゾンビに埋め尽くされ、一部の人々が無駄なあがきを続けていた」というものであったなら、やはりだめだったでしょう。
 以前、友人と、この議題について話していましたところ、なんとなくわかったことがあります。

 1/人類の絶滅が近かったり、文明の崩落が近かったりする。
 2/それによって大多数の人々が絶望している(北斗の拳などとは対象)。
 3/何らかのファクターが人類を終わらせかけている(ウィルス、放射能など)。

 この3つがそろうと、救いのない話として出来上がってる感があります。これに加えて…

 4/生き残る方法を巡って、少ない人類がさらに争う(人間関係や協調性の崩壊)。
 5/崩壊ファクターが人類の自業自得で起きている。
 6/その事象が起きそうな、あるいは起きるかもしれない根拠がある(SF的)。

 が加わると、もうだめです。比喩ではなく、夢に出ます。6番に関してはSFホラーが顕著な例です。SFはサイエンス・フィクションと読むのが一般的です(サイエンス・ファンタジーと昔聞いたことがあるけれど、そちらではない)。これは要するに、科学空想物語とでも言える言葉です。科学的に事象が説明され、それっぽい理由がついていると、それだけで納得してしまう自分がいます。核戦争や殺人ウィルスなどは、一番簡単に納得できてしまう、SFホラーのファクターです。
 現在私がアップしている「不死身刑」という作品。これが現在の私に書ける、マックスの「救いのない話」です。未読の方は読んでいただければわかると思うのですが、とてもチープなショートショートです。
 たかが作り物のお話で、これだけガクブルしてしまうのは、ひとえに私の精神的弱さが原因だと思っております。以前仲良かった方に「貴方は精神的に弱い部分があって、そのせいで損をしている部分がある。精神的に強くなるよう努力してはどうだろうか。欠点があるということは、それだけ治すことのできる余地があるということだから」と言われ、感銘を受けました。彼に教えてもらったことを参考に、精神改革をしているのですが、やはり思うようには行きませんね。いい年して、世界崩壊漫画なんかで怖がってちゃ、恥ずかしいよなあ…
 と、書き進めて、ケモノが一つも関係していないことに気が付いてしまいました。えーと、まあ、夢に見るのは世界崩壊より世界ケモノハーレムの方がいいと、そう思うわけです。わふわふ。はい。いいことまとめたんで、この辺で今回は許してください。

 (記載日:2007/4/17)

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