「いつかの誰かの日記その1」



 ○日
 僕が日記を書き始める、記念すべき最初の日だ。偉くなったような気がして楽しい。
 つい昨日までは、新しい家がどんなところか、とても心配だった。獣人の僕を引き取ってくれるのは、どんな家族かわからなかったから。だって、なぜか知らないけど、獣人は普通の人間に、いじめられて生きてるから。
 僕のいたメルエッタ孤児院は獣人だけしかいなかったから、いじめられなかった。だけど、院長センセは、いつも周りの人からいじめられてたみたい。これを知ったのは孤児院を出る数分前。僕は泣きそうになったけど我慢した。
 院長センセがくれたこのノートは、孤児院を出る子供全員に配っているものらしい。僕はとっておくのももったいないから、日記を書くと院長センセに言った。院長センセは「この日記を誰かが読むとき、読みやすいようにしてあげなさい」と、よくわからないことを言った。読むのは僕だけなのに。せっかくだから、物語風に書く。僕は小説が大好きだ。
 車でいっぱい走って、新しい家についた。大きな家を見てわくわくした。知らない街に来たし、知らない家にも来たから。僕は養子と言うらしい。養子が何かはよくわからないけど。
 僕は名前を持ってる。これが僕の誇りだ。世の中には、名前を持ってない人もいっぱいいるから。お父さんは自分のことをお父さんと呼ぶように言って、お母さんも同じように言った。僕、シャルハァは、こうして家族の仲間入りした。また明日、楽しいことを書きたい。


 ×日
 この家には5人の人がいる。お父さんのマック、お母さんのフレイ、お兄さんのケビンとお姉さんのターニャ、そしてメイドのお姉さんのマリリン。8歳の僕は一番下だ。
 なんでか知らないけど、ターニャだけ肌の色が違う。お父さんやお母さんの真っ白も好きだけど、ターニャの褐色の肌も好きだ。チョコレートみたい。
 ケビンは白色のはずなのに、今日はなぜか汚れていた。聞いたら、泥遊びをしてきたんだって。僕も一緒に行きたいと頼むと、困った顔をした。毛に泥がつくからダメなんだって。
 その代わり、棒きれでケンドーごっこをして遊んだ。ケビンとはすぐに仲良しになった。ターニャは僕を遠巻きに見てるだけで、話そうとはしなかったけど。顔を舐めたらチョコレートの味がするのか、知りたかった。
 ケビンとはいっぱい遊んだ。でも、カブトにお鍋を拝借したことがばれて、僕とケビンはマリリンに叱られた。
「やれやれ、最初からこれじゃ、何が起きるやら…」
 マリリンが苦笑いをしてた。マリリンはすごい美人だ。ミルクの匂いがする。きっと、マリリンの顔を舐めたら、ミルクの味がするんだろう。


 □日
 もう1週間経った。孤児院の外の世界は楽しい。この街は、獣人が好きな人がいっぱいいた。いじめられないでよかった。
 お父さんとお母さんはいつも仕事。僕がお父さんとかお母さんとか言っていいのかわかんないけど、そう呼ぶと喜んでくれる。
 僕の本当のお父さんやお母さんはどこにいるんだろう。なんで僕はメルエッタ孤児院にいたんだろう。わからない。気が付いたときには、孤児院にいた。
 院長センセは、僕たち獣人が「いじめられる」ことに、あまりいい思いをしてなかったらしい。そこで、獣人だけの孤児院を開いたんだそうだ。最初のうちは大変だったみたいだけど、僕はそのころのことは知らない。
 院長センセの部屋に入ったことは1度しかない。本がいっぱい置いてあった。僕はそのときは、まだ6歳で、字が読めなかったから何も読めなかった。白髪のおじいさんのセンセは、とても優しかった。
 家の話に戻る。ケビンは少し意地悪。でも僕たちは仲良し。ターニャは相変わらず、僕から逃げるようにこそこそしてる。ケビンが12歳で、ターニャは13歳なんだって。
 明日から、学校にも行くことになった。マリリンは学校が楽しいところだって言う。本当だろうか。


 △日
 初めての学校は大変だった。みんな優しくしてくれたけど、勉強をするのは大変でどうしようもなかった。
 僕は算数が嫌いだ。だって、面白くない。数字は僕をいじめようとしている。やっぱり、獣人はいじめられる存在なんだ。いじめられることを難しく言うと、差別というらしい。
 これを先生に言うと笑われた。でも、僕はきっと算数に嫌われてる。きっと。
 帰りにパンを買った。ターニャにあげた。ターニャは少し微笑んで「ありがと」って言った。ありがと、だって。僕は今までターニャが話す場面を見てなかったから、話せるんだって少し驚いた。
 お母さんにターニャのことを聞いたけど、詳しくは教えてくれなかった。ただ、ターニャの肌の色が違うのは、神様がくれた個性なんだって。僕の体毛も個性なのかも知れない。
 全く関係ないけど、お父さんの名前が判明した。今まで僕はマックという名前だと思っていたが、マクダーナルという名前らしい。しかも、この国ではなく、遠い国からここに移住したそうだ。マリリンが教えてくれた。
 お父さんは不安じゃなかったのか、気になる。僕はここに来るのが不安だった。不安なんかなくなっちゃえばいい。


 ∞日
 僕以外、誰もこの日記は読まないだろう。でも、一応書いておく。僕は猫を基調とした獣人で、毛の色はトラ。尻尾がやたら長いのが自慢だ。
 尻尾は便利だ。何でも出来る。ちょっと手が届かないところの物も取れる。でも、敏感すぎて、すぐに痛くなる。大事な骨が繋がってるからだそうだ。
 人間には尻尾がない。僕らにはある。それも、神様がくれた個性なんだろうか。だとすると、こんな便利な尻尾があって、よかった。僕は得したような気になった。
 マリリンにこのことを話したら、にこにこしながら聞いてくれた。僕はお母さんも好きだが、マリリンも大好きだ。ぎゅっとすると、すごくいい匂いがするし、優しく撫でてもくれる。
 ケビンもマリリンと仲がいいけど、ぎゅっとすることが恥ずかしいらしくて、してない。恥ずかしがることないのに。
 個性と言えば。僕のクラスは、みんな個性的なやつらばっかりで、すぐに楽しくなった。ただ、イクニトだけは嫌いだ。まるで新しいシーツみたいな真っ白な顔をしてる、イヤなやつ。獣人が嫌いらしい。こいつだけ、僕を敵視する。
 砂利を投げられるのは痛い。


 ¥日
 人が心配してくれてるときには、それに従うべきだ。へそをまげて、言うことを聞かないでいると、損をするんだ。
 例えば、食べちゃいけないって言うものには、それなりの理由がある。僕はそのことを、今日身をもって知った。
 学校は休み。ケビンは友達と遊びに行ってた。僕はケビンの友達のゲルスが大嫌いだ。意地悪だし、暴力を振るうし、変な匂いがするんだ。
 家にはお父さんもお母さんもいなかった。ターニャは自分の部屋にいて、時々笑い声が聞こえてきた。本を読んでるって、マリリンが言った。
 それはお昼のことだった。僕はマリリンの手伝いをしていた。
「それじゃあ、お茶にしましょう。シャル、少し待っててね」
 しばらくしたら、マリリンがポットを持って帰ってきた。お盆の上には、お菓子とお茶、そして丸いものが置いてあった。僕は孤児院でそんなものを見たことがなかった。黄色くて、なんだか酸っぱい匂いがした。
 ナイフを丸い物に突き立てて、マリリンは中身を取り出した。すごく酸っぱい匂いがするんだ。リンゴみたいに、皮を剥けるものだっていうのがわかった。僕がそれは何かと聞くと、マリリンはオレンジだと教えてくれた。
 オレンジなら知ってる。絵本の主人公が、オレンジ好きの男の子だった。マリリンは剥いたオレンジをお皿に入れて、ターニャの部屋に持っていくティーセットの用意をした。それで、僕を見て、こう言ったんだ。
「シャルにはオレンジは合わないかも知れませんね。いいですか?食べてはいけませんよ?」
 マリリンがお盆を持って行ってしまった後、僕は一人ダイニングに残された。ドーナツは美味しいし、クッキーも美味しい。
 でも、僕はさっきからずっと、オレンジが気になって仕方なかった。匂いはきついけど、絵本の主人公も美味しいって言ってたし、きっと美味しい物なんだろうと思った。
 我慢できなくなった僕は、オレンジの房を取った。これも白い皮に包まれてるので、爪をひっかけて剥がす。そしたら、皮が剥がれたところで、マリリンが戻ってくるのが見えたんだ。
 しまったと思った僕は、すぐオレンジを口に入れた。そしたら、もっとしまったと思った。すごく酸っぱい。食べたことがない味だ。鼻で息をすると、鼻がすーすーして、痛くなった。
 マリリンの声も聞こえない。とうとう僕は我慢できなくて、涙を流した。怒られる、と思った。そして、天罰を受けたのだと思った。
 マリリンはそんな僕を撫でてくれた。そして、甘いハチミツミルクを作ってくれた。どうやら、オレンジは猫の獣人には合わない食べ物らしい。何度も涙を拭って、僕は酸っぱさを追い払った。
 マリリンの言うことを聞かなかった僕が全部悪い。反省した。そして、もっとマリリンが好きになった。将来結婚するとしたら、僕はマリリンがいい。


 $日
 雨が降った。じめじめする。すごく嫌な気分だ。
 今日は何をしても気に入らなかった。そんな気はなかったのに、パジャマのボタンをちぎってしまったし、オートミールの皿をひっくり返してしまった。お父さんは笑っていたが、お母さんは困った顔をした。
「シャル、大丈夫?風邪などひいてない?」
 お母さんは、僕が風邪引きだからおかしいのだと思ったらしい。でも、僕はそう思われることがもう嫌だった。だって、風邪の薬は苦いんだもの。あれはきっと毒だ。
 学校に行っても嫌な気分は続いた。友達のマリスともケンカをしたし、間違えて落とした花瓶で先生に怒られた。鞭で打たれるようなことはなかったけど。
 もう、世界中の嫌な気分が、僕の中に入ってきたんだと思った。だから、何があっても、そのせいだと思うことにしてたんだ。だけど、パン屋に行ったとき、僕はさらに嫌な気分になった。
 店にはお客が一人いた。真っ白な毛をした、きれいな獣人の女の子だ。僕は見てるだけで、なんだか恥ずかしくなった。その子は、じろじろ僕を見た。
「あら、越してきたの?」
 彼女の声は透き通ってた。なんか、どきどきした。
「私の毛並み、きれいでしょう。並の獣人には真似出来ないのよ」
 その子は僕をふんと鼻で笑って、出ていった。僕は何も言えなかった。
 なんであんな態度をとられたのかもわからないし、僕はあの子に嫌なことをしたとも思わない。だけど、その態度にとても腹が立った。きっと、お父さんやお母さん、院長センセみたいな人に、叱られたことがないんだろう。


 ☆日
 学校が終わって、近くの川に遊びに行ったとき。僕はケビンと一緒に、虫を探してた。虫って言っても、その辺にいるようなやつじゃない。僕たちが狙ってるのは、大きなカブトムシだ。この辺りに、大きなカブトムシが出たという話を聞いて、僕たちは虫網を持って急いでかけつけた。
 でも、探しても探しても、どこにもカブトムシなんかいなかった。それどころか、カブトムシ以外の虫もいなかった。いたのは小さなバッタと、よくわからないチョウチョだけだった。
 そのうち、虫探しにも飽きた僕たちは、川で泳ぐことにした。その川は、大体2ヤード(メートル法で約180センチメートル)くらいの幅で、深さは腰くらいしかなかった。
 ちょうどそれは、ケビンが橋の下に来たときだった。僕たちは、底がきらきら光ってるのを見て、水の中に顔を入れた。
 光ってたのは、でっかくて銀色をしたメダルだった。表面に、飛行機の絵が彫られてる、すっごいきれいなやつだ。
 メダルは1枚、僕たちは2人。計算が合わない。取り合いのケンカをするわけにもいかないし、どうしようかと悩んでいたら、ケビンがそのメダルを僕のポケットに入れた。
「2人の宝物にしようぜ」
 ケビンに言われて、僕も頷いた。カブトムシは捕れなかったけど、これだけでもう十分だと、僕たちは意気揚々と引き上げた。
 僕らはそれを、部屋の真ん中にある絵の下に飾った。言ってなかったけど、ケビンと僕は2階の同じ部屋で、ターニャだけ1階に自分の部屋を持っている。だから、僕とケビンは寝るときも一緒だ。
 夜になって、お父さんが帰ってきたとき。僕とケビンは、メダルを自慢したくて、お父さんに見せた。そのメダルを見て顔を曇らせた。
「シャル、ケビン、これはどこで?」
 僕たちは正直に話した。正直にしないと、神様が怒ると言われていたからだ。お父さんは何も言わず、部屋に戻って寝なさいと言った。
 夜中に、トイレに起きたとき、お父さんとお母さんの寝室から、何か聞こえた。ひそ、ひそ、ひそ。軍人がどうとか言ってたけど、なんのことだろう。


∬日
 結論から言うと、今日はケビンが面白いことをした。僕はケビンと仲良くなった。
 その日は、学校が休みで、ターニャの特別な日だった。どう特別なのかは知らないけど、特別だということだけは聞いていた。ターニャはおめかしして、お母さんと一緒に家を出ていった。
 お父さんは、街の郵便局に行くといい、同じく出ていった。残ったのは、僕とケビンだ。僕たちは最初、飛行機の模型をどっちが上手く絵に出来るかを勝負して遊んだ。
 この飛行機の模型は、木で出来たもので、とっても軽い。先についたプロペラがくるくる回るのがお気に入りだ。ケビンは赤色、僕は白色の飛行機を持っている。
 僕は絵が下手だけど描くのが好きだ。でも、だんだん2人とも飽きてきて、ベッドで跳ねたりして遊んだ。そのうち、僕らは飛行機模型を飛ばして遊び始めた。プロペラを回して、手を離すと、ゴムの力でプロペラが回って空を飛ぶ。
 狭い部屋の中じゃ遠くまで飛ばなくて面白くない。だから、僕とケビンは外へ出た。飛行機をぶんぶん飛ばして遊ぶ。そのうち、僕は面白くなって、木の方へ飛行機を投げた。僕は飛行機が木にぶつかって落ちると思ってた。だけど、飛行機は木にひっかかって、落ちてこなかった。
 大変なことになった。ケビンと僕は、代わる代わる木を蹴った。だけど、白い飛行機はいつまでたっても落ちてこなかった。芋虫は落ちてきたけど、芋虫じゃ飛行機の代わりにならない。
「そうだ」
 ケビンは、何かを思いついて、どこかへいった。残された僕は、1人でいるのもイヤだったから、すぐに後を追った。ケビンは1階の、お母さんの手芸箱を開いていた。中に針やハサミなど、危ない物があるから、開いてはいけないよと言われていた箱だ。ケビンが悪いことをしてると思って、僕は心配になった。
 ケビンは、長いひもを箱から出した。伸びて縮むゴムひもだ。ケビンはそれを持って、2階に上がっていった。ケビンの引き出しには、よくわかんないがらくたがたくさん入ってる。その中から、ケビンは木の球を取り出した。なにに使うかわかんないもので、ケビンが街で拾ったものだ。
 球は、貫通して穴が開いている。そこにケビンがゴムひもを入れて、片方を結んで大きな球にした。僕はなんだか怖くて、遠巻きにケビンのやることを見ていた。そのうち、ゴムひもの片側に球が固定されたものが出来た。
「見てろよ」
 窓を開けて、ケビンが球を持った。庭には、飛行機がひっかかった木がある。ケビンは飛行機めがけて、球を投げた。
 球は飛行機に当たらないで、葉っぱの中に埋もれた。僕は球も引っかかって取れなくなるんじゃないかって思って、心配になった。でもケビンは慌てなかった。ゴムをぴぃーんって伸ばして、手を離したんだ。
 ばちぃんって音がした。球についたゴムが、木の枝を大きく揺らした。飛行機と球とゴムは、揺れる木の上からころりと落ちた。すぐに外に出て、僕は自分の飛行機を取り上げた。壊れてもないし、泥もついてない。すごいと思った。やっぱケビンと兄弟になれたのは僕の得だね。
 お父さんとお母さんにはしかられると思ったから言わなかったけど、マリリンにだけは言った。マリリンは少し困った顔で「旦那様と奥様には内緒にしておきます」だって。やっぱりマリリンは好きだ。


◆日
 食べたいのに食べられない。そういう日だった。僕は、虫歯になってしまったのだ。
 前々から、そんな気はしてた。奥歯の辺りが、みしみし言う感じで痛くなることが、何度もあったのだ。我慢してれば治るって思ったけど、結局は治らなくて、お医者に行くことになった。
 お医者には、マリリンが付き添ってくれた。歯医者なんて初めてで、勝手がわからないけど、今日はとりあえず検査するだけらしい。
 なんだか、陰気な建物に入って、僕は待合室のイスに座って待っていた。マリリンは本を読んでた。暇だった。
 しばらくして、僕は呼ばれ、診察室に入った。そのときのことは…うう、書きたくないので、書かない。やめる。どうせこれを読むのは僕だけだ、後々になってここを読み返せば、どんなに痛くて嫌な目に遭ったかが思い出せるはずだ。検査だけって言ったのに、お医者は嘘つきだ。
 帰りに街に寄った。マリリンは必要なものがあるんだそうだ。マリリンは毛糸のお店に入っていって出てこない。暇な僕は、どこに行くわけでもなく、その辺をうろついてた。
 そのとき、前に見たあの子が、目の前を横切った。真っ白い毛の獣人の女の子で、パン屋で会ったあの子だ。
「あら、あんた」
 向こうも僕を覚えていたようで、彼女は僕のことを真っ直ぐに見た。また何か言われるのかと思って、僕は挨拶だけして黙ってた。
「これからピアノのレッスンなの。明日はバレエ。イヤになっちゃうわ。でも、お習いはお姫様になるために必要なことだものね」
 やはり、ふふんと鼻を鳴らされた。
 その子がいなくなった後、お姫様ってなんだろうって思った。今の世にいるお姫様なんて、限られてると思う。大きなシャトー(お城)に住んでいて、毎日パーティーをしているようなお姫様なんて。
 あの子はお姫様なんだろうか。えらそな態度は、当然なのだろうか。マリリンと手を繋いで歩いていて、僕はなんだかよくわからなかった。
 家に帰ると、ちょうどターニャがいたから、お姫様ってなんだろうってターニャに聞いた。ターニャは驚いた顔をした後、なんだか寂しそうな顔をして、「大事にされている女の子のことよ」って教えてくれた。


∪日
「マクダーナル氏はご在宅だろうか」
 家に来た兵隊の言った言葉だ。お母さんは兵隊を見て、真っ青な顔をしていた。お父さんは奥から出てきて、兵隊と話があるからと、兵隊を書斎に通した。
 僕とケビンはちょうど、庭で輪回し遊びをしていたところだったが、兵隊のことが気になって仕方がなかった。
 カーキ色の軍服に帽子、そして勲章。腰には、黒くて光ってるピストルを差していたのだ。おまわりさんの警棒よりかっこいい。
 ケビンも僕も、おもちゃのピストルは持っている。吸盤のついた棒を飛ばすピストルだ。今まで、それをかっこいいと思っていたが、やっぱり本物は違った。
 僕とケビンは、そっとお父さんの書斎に近づき、耳をそばだてた。中でどんな話をされているのか、知りたかったからだ。
「…2日の間には…それが…」
「愚かな…やめ…」
 凍った鉄みたいな声の兵隊と、今にも泣き出しそうな声のお父さん。僕とケビンは、途中まで聞いて、部屋に引っ込んだ。
「何かあるんだぜ」
 ケビンはうーんと唸った。何かあるのは、僕も予想できたけど、何があるかまではわからなかった。
 兵隊が帰った後も、お父さんはふさぎ込んでいて、パイプをふかしてばかりいた。お母さんは真っ青な顔をしていたし、マリリンは変に元気な声を、必死になって出している感じがした。


♯日
 前に、イクニトって名前を書いたと思う。こいつは僕のクラスメートで、底抜けに嫌なやつだ。
 こいつはいつも2人くらいの子分を連れている。そして、獣人のクラスメートを嫌な言葉でからかうんだ。時には、暴力もする。
 でも、先生がいるときはおとなしい。だから、もし僕たちがイクニトのことを先生に言っても、先生は僕たちの言うことを完璧には信じてくれない。
 先生もきっとグルになっているんだ、と思ったこともあるけど、そんなことはないとケビンが言った。ずるいやつは、えらい人とかを自分の味方にするため、嘘を付いて騙すんだって。
 先生のいるところでおとなしいのも、嘘の一つなんだって、教えてくれた。イクニトが嘘つきだって言われると、なんとなく納得した。
 我慢するのは嫌いだけど、慣れてる。イクニトに何をされても、僕は出来るだけ我慢することにした。先生が困った目で僕を見るのは、好きじゃない。


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