不死身刑
「被告は不死身刑80年に処す」
無機質な裁判官の声が、被告の男の耳に入った。
男は自分のことを弁護しようとしたが、声がでなかった。あらかじめ飲まされた、声が出なくなる薬のせいだ。
今日、彼は審判を下される日だった。一生来なければいいと思っていた日。時間は感情を持たず、全ての人間に公平な方向を与える。彼も例外ではなく、嫌だと思っていた日は、あっという間に目の前にやってきた。
彼は殺人者だった。今までに殺した人数は8人。どんなに腕のいい弁護士でも、日の光と自由を彼に与えることは、できなかった。
これで最高裁判所から刑が下された。これ以上、どこにも話を持ち込むことはできない。逃げ場所を失った彼には、不自由な生活が待っている。
彼に下されたのは死刑よりも重い刑、不死身刑だった。
不死身刑。体を不死身にし、長い生を与えることで、現世のあらゆることからも逃げることを許さなくする刑だ。
受刑者は、時代の移り変わりにもついていけず、外の情報を少ししか知ることもできず、死を望んでも手に入らず、気が狂うような苦しみを受けることとなる。
80年間、なにがあっても死ぬことができない。病気になっても、銃で撃たれても死なず、苦痛だけが体を駆けめぐる。
死なないことはいいことだ、とは誰が言い始めたことなのだろうか。不死身、不老不死、そう言った類の幻想は、すべて22世紀前半にうち砕かれていた。
今や世界は、高度な技術で進歩を遂げていた。技術が発達し、20世紀の夢は22世紀の常識になった。
アンドロイドが街を徘徊し、地上2000メートル級のビルが建ち並び、地球から宇宙ステーションを経由して火星に出稼ぎに行くものまで出ている。
そんな中、不死身刑という刑が、2180年に施行された。これは死刑を超える刑として、人々を震え上がらせたのだ。不死身がもたらす苦痛と恐怖は、想像を絶するものだった。不死身刑を言い渡された人間は、飼い殺しになりながら、生きた化石になってしまうのだ…
被告の男は、もう一度声を出そうとして、あきらめた。彼はガードマンに腕を持ち上げられ、裁判所から外に出た。
はじめの10年、彼は必死に死のうと試みた。世界に自分という存在をおいておきたくなかった。
しかし、それは全て徒労に終わった。苦痛だけしか残るものはなかった。
彼はそのうち、死が怖いとは思わなくなった。死さえ体を楽にしてくれる薬だと思ってきたのだ。
食べ物や飲み物を胃に入れないでも、彼は生きていた。しかし、空腹感やのどの渇きは、強くなりながら彼を包んでいった。
彼は考えていた。このままではゾンビのようなものだ、と。
彼は、自分自身がゾンビになるとは、思っていなかった。ゾンビはホラー映画の中にしか存在しないと思っていた。しかし、それは間違いだったのだ。
それから数年経ったが、彼はまだ正常な精神を保っていた。あと60年の後に訪れる死を欲して、彼は自ずと生きていた。
死ぬためにいきる。まるでおかしな話だが、彼はそう感じていた。
彼が監獄に入ってから40年の年月が流れた。それは恐ろしいほど長かった。時間はまるでゴムのように伸び、彼はそのゴムをたどりながら、80年という距離を上っているのだ。
そのころ、世間は戦争一色だった。監獄の中にももちろん、軍国主義は入り込んでいた。
彼はわざと反抗した。怒りに狂った執行官が、自分を殺してくれるかと期待したからだ。
しかし、殴られて蹴られることはあっても、不死身を解かれることはなかった。苦痛は彼に残るばかりだった。
彼は独房の中で嘆いていた。死にたい、死にたい、そればかりを呪文のように繰り返す。
生は彼にとって嫌なモノではなかったはずだ。しかし、死を手に入れられないとなると、まるで子供のようにそれを望んだ。
そんな折りだった。彼は周りの人間が逃げるのを見たのだ。彼らは一心に逃げていた。
「核ミサイルが来るぞ!」
看守のその言葉で、彼は今なにがおころうとしているのかわかったのだ。
彼は看守に助けを乞うた。しかし、看守は自分のことだけでいっぱいだった。人々は逃げだし、逃げられる罪人は逃げていた。
数分の間の後、恐ろしい音が聞こえたかと思うと、辺り一面は真っ白になり、彼の世界は崩壊した。
しかし、彼は死ぬことができなかった。
苦痛だけが体を支配する。脳は考えることを停止する。彼の世界は痛みしか認識しない。
目がおかしい。耳が聞こえない。体の感覚は死んでいるのに、死ぬことができない…
彼はゆっくりと目を閉じた。いや、目を閉じたつもりだったが、瞼は焼けていた。彼はゆっくりと、世界を自分の意志で終わろうとした。終われない世界を…
「〜…どうだい?俺の作ったシミュレーターは」
彼はゆっくりと目をあけた。白い天井と、男の顔が見える。
だんだん彼は記憶を取り戻していった。ここは会社の実験室で、今見ている男は彼の同僚だ。
「〜、俺はこれを警察に売り込もうと思っているんだ。不死身刑のことをよく知らないで、彼らに無用な苦痛を与える看守や、警察官が増えすぎていると思うからな」
同僚は自信たっぷりに、機械の電源を切る。
電源を切ったとたん、彼は頭の中が、さらにはっきりしていくのを感じた。
目が見えないのも耳が聞こえないのも、いつの間にか治っている。
「不死身刑シミュレーター、定価5000ドルでどうだろう、きっと警察はこれを警察学校におくに違いない!」
ガッツポーズをしてみせる同僚は、やはりこの機械を売り込むつもりだ。
「これは俺の苦労の結晶なんだよ」
同僚は機械をぽんと叩くと、笑いながら言う。
そんな同僚を見ながら、彼は最後にこういった。
「これはきっと売れるよ、なにせ、無期不死身刑受刑者の俺の人生がモデルだからな」
終
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